異本論

異本論 (ちくま文庫)
異本論 (ちくま文庫)

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外山 滋比古
筑摩書房
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1978年に,みすず書房から出た「異本論」(外山滋比古)が文庫化された。本書については著者自身の解説がある(思考の整理学)。

「十数年前に,わたくしが,異本論という考えをもったときのことである。シェイクスピアというような世界的大文豪でさえも,在世中から,そうであったわけではない。亡くなった直後からすでに偉大だと見られてはいたが,なお,神格化はされていなかった。それから傾向としてはすこしずつ評価は上昇しているが,それでも,時代によって,小さな浮沈はある。どうして,作品は変わらないのに,評価が浮動するのか。こういう疑問をもつようになった。しばらく,扱いかねていたが,あるとき,諸説紛々の解釈のある文章や詩歌の意味はその諸説のうちの一つではなくて,諸説のすべてを含んだものなのではないかと言っている批評家(ウィリアム・エンプソン)を見つけた。人間はめいめい自分の解釈をつくろうとしている。つくらずにはいられない存在であるらしい。それとほぼ時を同じくして,デマがどうして伝播していくかという心理に興味をもった。ここでも,尾ヒレをつけずに話を右から左へ移すことはできない本能が人間にはあるのではないかと考えた。人間は,正本に対して,つねに異本をつくろうとする。Aのものを読んで,理解したとする。その結果は決してAではなく,A’,つまり異本になっている。文学がおもしろいのはこの異本を許容しているからである。」

また本書では,「元のテキストが失われるのは,それが批判,加工,破壊されることにより,新しい,よりすぐれたと考えられた異本に取って代わられる過程で必然的に消滅するのであり,たまたま姿を消すのではない。あらゆる表現は,受容されることによって必然的に異本を生ずるので,異本を生じないようなものは,すでに表現ではないといってよいであろう。」とし,さまざまな異本を生じるものこそ,表現としての価値があるとの考えを示している。