1998年03月28日

ちくま文庫

文庫は出版社の事業計画の中で,どのように立案され創刊されるのであろうか。「ちくま文庫」(筑摩書房)は1985年12月4日
「新しい教養の復権」をスローガンに念願の創刊を果たした。


文庫創刊の企画段階から現在まで,中心となって活動してきた副編集部長の柏原成光さんに,これまでの道のりを聞いてみた。


創刊時の文庫編集部のスタッフは柏原さんを含めて5人。他の仕事を抱えながらの作業が創刊まで1年以上続いた。
創刊を前に柏原さんたちがいちばん悩んだのが,文庫の性格付けだった。


「そのころは角川文庫を中心に,先行文庫はエンターテインメント路線の大合戦でした。筑摩としては,この分野の実績は皆無。
エンターテインメントの文芸がダメなら,教養と大古典しかないと考えました。これが筑摩の財産ですからね。
それと読者層を他の文庫より少し上げて,ヤングアダルトにしました」


現在では普通,文庫の初版部数というと5万部というのが相場だ。ちくま文庫は本の内容から,定価は少し高くなるが(450円前後),
その半分以下の2万部でがんばれないかと考えたという。出版点数は創刊時に20点,以降は月6点のペースで出版することにした。
現在発刊総点数130点(昭和62年)。文庫としての陣容が整う300点が一応の目安だ。さて,これまでの結果はどうだったのか。


「周囲があまりにもエンターテインメントばっかりだったので,読者はちょっと新鮮な印象を受けたようです。他の文庫はダメだが,
おたくなら出してもらえるだろうと,思想書,哲学書の文庫化を望む読者の声もあったりして,期待以上でした。
若い人が文庫を支えていると思ったら,実は中年層のビジネスマンが多いんですね」


文庫創刊当時,文庫のかかった資金を回収するには1年半はかかるとみていた。それが1年で達成することができた。


「地味で堅い単行本を出す筑摩ですが,こうした本を作るためにも,必ず売れる本を出す必要があります。
若い人の期待できる本も必要です。ちくま文庫はその辺を担っていると思っています」


 


(ダカーポ 昭和62年3月18日号)

posted by 南野靖一郎 at 10:20| コレクション