2013年10月02日

「文春学藝ライブラリー」創刊

文藝春秋社は、10月18日に既刊書などを文庫版で復刊し、「文春学藝ライブラリー」として5点を創刊する。「中高年や大学生など本好きに向け、長期販売を目指す」とのこと。今後は偶数月20日に3〜4点のペースで刊行する。定価は1200〜1600円の予定。創刊ラインアップは以下のとおり。

近代以前 (文春学藝ライブラリー)
文藝評論家の江藤淳氏は1964年、米国のプリンストン大学への留学から帰国し、翌年に本書の元となった連載「文学史に関するノート」を「文學界」で始めた。連載で探求されたのは「日本文学の特性とは何か」という問いであり、探求の対象とされたのは、「近代以前」の江戸文藝であった。日本にいるとき、「日本文学」の存在は自明であるが、ひとたび日本を離れれば、それは中国文化圏の周縁で育まれた亜種として捉えられる。亜種以上の特性を持っているとするならば、それは何か。本書を貫くのは、そのような切実な問いかけである。具体的には、幕藩体制を支えることとなった朱子学的秩序を創始した藤原惺窩、その弟子・林羅山の足跡が丹念に追われ、人形浄瑠璃の世界を確立した近松門左衛門、井原西鶴、上田秋成らの作品が精緻に読み解かれていく。 江藤氏は、中国大陸からの圧倒的な外圧や影響が強く意識され、それによって乱された日本語の「自然な呼吸」を取り戻そうとするときに、日本人が古典として持つに足る「日本文学」が生み出されてきたことを繰り返し書く。「日本文学の特性とは何か」を探求しながら、日本人や日本語にとって、「文学」とはどのような営為であったのかを深く考えさせる刺激に満ちた文藝批評である。

保守とは何か (文春学藝ライブラリー)
「私の生き方ないし考へ方は保守的であるが、自分を保守主義とは考へない。保守主義などといふものはありえない。保守派はその態度によつて人を納得させるべきであつて、イデオロギーによつて承服させるべきではない。」福田恆存が戦後の時流に抗して孤独のなかで掴んだ、「主義」ではなく「態度」としての保守。時事的な論争家、文芸評論家、脚本家、演出家、シェイクスピア翻訳者など多くの顔を持つ福田恆存は、「保守論客」と位置づけられながらも、その「保守」の内実は、必ずしも十分に理解されてきたとは言い難い。福田恆存にとって「保守」とはいかなるものだったのか――本書は、その問いに迫るべく、気鋭の若手論客が編んだアンソロジーである。本書の構成は、以下の通り、I~Vまで、年代順であると同時にテーマ別に構成されているが、福田恆存の思索自体が、問いに対する答えを一つずつ腑に落としながら、時代ごとに形成されたものにほかならないからである。「I 『私』の限界」〔九十九匹(政治)には回収できない一匹(個人)の孤独とその限界をみつめた論考〕。「II 『私』を超えるもの」〔近代個人主義の限界で、エゴ(部分)を超えるもの(全体)へと開かれていった福田の論考〕。「III 遅れてあること、見とほさないこと」〔近代=個人を超える「全体」を「伝統」として見出しながら、それを「主義」化できないものとして受容しようとした論考〕。「IV 近代化への抵抗」〔戦後を風靡した合理主義と近代主義に抵抗した論考〕。「V 生活すること、附合ふこと、味はふこと」〔「生活感情」に基づき、主義ではない、生き方としての「保守」の在り方を示したエッセイ〕。旧来の「保守」像と「福田恆存」像を刷新する本書は、今日、最良の「福田恆存入門」であると同時に「保守思想入門」である。

支那論 (文春学藝ライブラリー)
中国をどう見るか、中国にどう向き合うか――これこそ日本にとって、最も重要で、最も難しい課題である。そして今日、中国の急速な台頭を前にして、われわれにとって、いっそう切実な課題となっているが、最も頼りになるのは、内藤湖南の中国論であろう。なかでも戦前、最も読まれ、同時代中国を論じた『支那論』(1914年)と『新支那論』(1924年)を本書は収める。湖南は、『日本人』『万朝報』『大阪朝日新聞』『台湾日報』などで、ジャーナリストとして活躍した後、京都大学に招かれ、東洋史学講座を担当した。中国史全体に関する学者としての博識と、中国現地でのジャーナリスト経験を合わせもつ稀有な存在として、清朝滅亡以降、激動する同時代中国を観察し続けたのである。その中国論は、一言で言えば、皇帝の権力が強くなる一方、貴族階級が消滅して平民が台頭し、商業が盛んになった北宋(960年~)の時点ですでに、中国は近世(近代)を経験した、というものである。「支那の歴史を見れば、ある時代からこのかたは、他の世界の国民の……これから経過せんとしているところの状態を暗示するもので、日本とか欧米諸国などのごとき、その民族生活において、支那よりみずから進歩しているなどと考えるのは、大いなる間違の沙汰である」――湖南は、中国の民主化の挫折を予言するのであるが、それも、中国が「近世」の段階にすでにこれを経験・失望し、西洋や日本の「近代」での経験に先んじていたからなのである。政治的独裁と経済発展が混在する現代の中国。湖南の中国認識は、今日、いっそうのリアリティを持っており、われわれ自身の中国認識の出発点となりうるだろう。

デフレ不況をいかに克服するか ケインズ1930年代評論集 (文春学藝ライブラリー)
1930年代のケインズは、直面した経済的困難に対して、問題の本質を理論的に解明し、具体的で現実的な政策手段を提案した。そして、理論的著作の執筆だけでなく、新聞や雑誌への寄稿、あるいは講演という形で、より広範な市民に向けて、みずからの考えを噛み砕いて、積極的に提示し続けたのである。その優れた著作からだけでは掴めない、ケインズのもう一つの魅力と重要性は、ここにある。デフレ大不況、財政問題、国際通貨問題、貿易問題など、ケインズが格闘した諸問題は、いずれも、今日のわれわれが直面している問題でもある。具体的に、ケインズは、1雇用の創出効果は広範に及び、十分に大きいこと、2財政への悪影響は、一般に考えられるよりも小さいこと、3正常水準からの物価上昇は、景気回復に必ず伴うものであり、インフレではないこと、4長期金利の上昇を招いて民間投資を締め出したり、国債の借換コストを上昇させたりはしないこと、などを主張した。まさにこれは、今日の脱デフレ政策と通底するものである。そこで、本書は、「失業の経済分析」「世界恐慌と脱却の方途」「ルーズベルト大統領への公開書簡」「財政危機と国債発行」「自由貿易に関するノート」「国家的自給」「人口減少の経済的帰結」など、1930年代のケインズの重要論稿を十数本、精選し、「世界恐慌」「財政赤字と国債発行」「自由貿易か、保護貿易か」「経済社会の国家の介入」といったテーマ別に編集した。本書に収録された、いずれも未邦訳の諸論稿は、ケインズの時代と共通する経済的問題に直面するわれわれにとって、多くの示唆や教訓を含み、今後の指針ともなりうるだろう。

天才・菊池寛 逸話でつづる作家の素顔 (文春学藝ライブラリー)
この男が「文藝春秋」を作り上げた!小林秀雄、舟橋聖一、井伏鱒二など縁の深い作家や親族が織り上げる菊池寛の様々な素顔。生誕125年を記念して「幻の書」が復刊!
posted by 南野靖一郎 at 16:49 | TrackBack(0) | 2013年
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