1998年05月20日

ヘンリー・ジェイムズ「アスパンの恋文」

ヘンリー・ジェイムズとヘンリー・ミラーは別段関係ないのだが,なんとなく似たもの同士と思ってしまうのはジェイムズに「デイジー・
ミラー」という小説があるせいかもしれない。


それはともかく,200編に及ぶというジェイムズの作品の中で,「デイジー・ミラー」と「ねじの回転」,「ある婦人の肖像」
程度しかわが国では知られていないというのは,彼の作品の多くが,新興アメリカ人と旧来のヨーロッパ文化との対立を描くという,
極めて真面目なテーマを取り上げているせいであろうか。


このたび岩波文庫に収録された「アスパンの恋文」(1888年刊)は,
そんなジェイムズの作品中で話の面白さでは第一という評価を得ており,クラシックなスリル&
サスペンスものといえる。


物語は,今は亡きアメリカの大詩人アスパンを崇拝し,
その生涯を調べているが,イタリアのベネチアを訪れるところから始まる。そこに,
かつてのアスパンの恋人,その詩に詠われ,知られざるアスパンの若き日を知る女性が,まだ生きていることを知ったからだ。


その人,いまは自由に動き回ることもままならない高齢のミス・ボルドローは,
中年の姪ミス・ティータとたった二人で,この地の大きな邸宅で隠遁生活を送っていた。
そしてそこにはアスパンの秘密を解き明かす鍵となるたくさんの手紙が残されているはずなのだ。


しかしボルドローは,アスパンに関して頑なに沈黙を守りつづけており,以前仲間の研究者が出した問い合わせの手紙に対しても,
怒りの返事が返ってきた。正攻法ではとても手紙を手に入れられそうにない。


そこで私は,アスパン研究者としての身分を隠し,ベネチアにあこがれる旅人,風変わりな間借り人として,
今では決して裕福ではないボルドローの屋敷に法外な部屋代を払って潜り込むことに成功する。手紙のありかは何処?と気は焦るが,
世間と没交渉の二人とは,同じ屋敷にいながら,話をすることもままならない。


私は一計を案じ,世間知らずの独身の姪を口説き,その口から手紙がまだボルドローの部屋に隠されていることを確かめる。
姪の手引きで暗い部屋に入り込み手紙を探すが,殺気を感じて振り向くと,
そこには寝たきりで何もわからないと思っていたボルドローが怒りに燃える目で私を見つめていた....。


屋敷を出る羽目になった私は,しばらくイタリア各地を放浪した後,ボルドローが亡くなったといううわさを聞く。
果たして手紙は彼女の手により焼かれてしまったのか,屋敷にまだ残っているのか....その行方を確かめるため,
ふたたび屋敷を訪れるのだが,そこで私を待っていたのは....。


ヘンリー・ジェイムズは,1843年ニューヨークに生まれた。78年,「デイジー・ミラー」
でアメリカとヨーロッパの生活習慣の違いによる若い女性の悲劇を描き,一躍有名となる。「アスパンの恋文」は1888年の作。
ストーリーはすべて登場人物である「私」が,見たこと感じたことを一人語りする形になっている。それで読者は,
あたかもその物語をともに体験しているかのような感じをうけるのだが,
この今ではよく行われる小説作法を最初に用いたのはジェームズであった。

posted by 南野靖一郎 at 16:36| 1998年

1998年05月14日

永井荷風の墨東綺譚

〓東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)物語−取材のために訪れた向島は玉の井の私娼窟で小説家大江匡はお雪という女に出会い,
やがて足繁く通うようになる。物語はこうして墨東陋巷を舞台につゆ明けから秋の彼岸までの季節の移り変りとともに美しくも,
哀しく展開してゆく。昭和12年,荷風58歳の作。木村荘八の挿絵が興趣をそえる。


永井荷風,本名壮吉。別号は断腸亭主人。東京に生まれ。ゾラに傾倒し、『地獄の花』を書いたのち、
アメリカ、フランスへ遊学。帰国後『あめりか物語』『ふらんす物語』を発表するなどして流行作家となる。その後,慶大教授となり『三田文学』
を主宰したが、大逆事件で文学者の無力を痛感し、江戸戯作者として生きることを決意。花柳小説に専心し、『腕くらべ』『おかめ笹』では芸者、
『つゆのあとさき』では銀座の女給を描いた。小説,随筆のほか,訳詩集『珊瑚集』,日記『断腸亭日乗』(いずれも岩波文庫所収)がある。


墨東綺譚は,数ある荷風の作品中,もっとも人気があるものの一つ。私自身も「つゆのあとさき」
に横目をつかいつつ,やはりこれが一番好き,と考えています。1992年には新藤兼人監督により映画化(津川雅彦と墨田ユキでしたね)され,
これもなかなか気分を出していました。


本書で荷風が描くところの小説家・大江は,荷風の分身ではありますが,極めて虚構性・匿名性の強い人物で,
大江の書く小説を物語の中に挿入するという2重構造により,一層それが際だちます。その虚構性が,
やはり虚構の世界に生きる娼婦の姿と感応して,写実的でありながらファンタジックな雰囲気を醸し出しています。本書の読者は,
主人公が巷間を漂うまま,ともに流されていくしかありません。それは一種気持ちのよい,根無し草感覚といえましょうか。


岩波文庫版は,岩波書店より出た初版本(つまり新聞連載時)と同じ木村荘八の挿し絵つき。
初版本より先に出た100部限定の私家版には,ほかに荷風自身が撮影した写真が10葉あることがポイントですが,
これは最近の荷風全集に収められ,見ることができます。この写真には,小説の舞台となった玉の井駅や芸者衆の後ろ姿など,
それぞれ荷風の句も添えられており,なかなか味のあるものばかり。挿し絵とはまた違った,
荷風のイメージした墨東が伺えて興味深いところです。


荷風については,いろいろな本が出ていますが,そのうちのいくつかを。「永井荷風ひとり暮らし」(松本哉,三省堂)は,
荷風がなぜ家族から離れてひとりだったのか,財産はどこで作ったのか,離婚の真相,ホントにケチだったのか,終生の愛人との関係,
荷風の墓は....など,三面記事的ですが荷風の生活に迫った面白い本です。


同じ著者の「永井荷風の東京空間」(河出書房)は,上記の本と体裁や内容がよく似ていて,
違う出版社であることが信じられないほどですが,こちらは,生誕地,断腸亭,偏奇館,墨東,吉原,疎開先の明石,岡山,
終焉の地である市川など,荷風ゆかりの地を詳細に描いており,荷風の足跡を辿るときにとても参考になります。


荷風逝去の状況についても,当時の新聞や雑誌をもとに詳しく調べていて,それによると....


千葉県市川市八幡町....に住む芸術院会員,作家永井荷風氏(79)が30日(34年4月)
急死しているのを朝8時ごろ同家にきた通いの手伝い婦,同市....福田とよさん(75)がみつけ,付近の佐藤優剛医師に知らせた。


口から血をひどく吐いているので胃潰瘍の悪化からではないかと一応診断したが,大事をとって市川署に届け,検死を求めた結果,
医師の診断通りで,死亡は午前0時ごろと推定された。


奥の6畳の居間の床の上に,南向けにうつ伏せになり,古びた紺背広,焦げ茶のズボンをはき,
茶のマフラーをかぶったまま絶息しており,普段持ち歩いていた預金通帳や現金などの財産を入れたつり下げバッグが床のそばに置かれてあった。


福田さんの話では,永井さんはこの一月ばかり体の調子が悪いようで,外出はせず,食事にだけときどき出ているようだったが,
こうしてにわかに亡くなるとは思わなかった,と言っている。


荷風の臨終写真を見たことがありますか? 昭和史全記録(毎日新聞社)などに載っていますが,
家政婦にも絶対立ち入らせなかった蜘蛛の巣だらけの部屋の中,2500万円が入ったバックの傍らで丸まっている荷風の姿は忘れられませんね。

posted by 南野靖一郎 at 16:36| 1998年

1998年04月30日

1998年4月

4月30日


アスキー西社長の退陣は,やはり意外なことなのでしょうか?
 毎週読んでいた週刊アスキーのデジタル日記にも景気の良い話はなかったように思うけれど。
どちらにしてもアスキーやハドソンはマイコン学生にとって親しみのある名前だったのですから,残念なこと。CSKは大企業かもしれませんが,
一般人にとってはよくわからない会社(私の周りの人は派遣会社だと思ってた....ゴメン)。
ゲイツのいないMSやジョブズのいないAppleを想像すると,西社長の看板を下ろしたアスキーに魅力を感じられるでしょうか???


4月29日


ウチの近くに大きなカラオケ屋(というよりカラオケビル)ができたので,さっそく行って来ました。綺麗だし値段もそこそこ。
開店記念に1時間半タダで歌った上,コーラなど12本を貰って帰ってきました。ま,ときどき行ってもいいかな....でもカミサンが聖子で,
私が「硝子のジョニー」だもの。自分の歌しか聴いてないぞ^^。


4月28日


Linksに"混沌の夢"を追加しました。


4月27日


紀田順一郎著作集(三一書房,全8冊別巻1)を見つけました。でも7000円....。増補されてはいるものの,
すでに読んだことのある作品が多いし,買えないなぁ。紀田氏をあまり読んだことがなく,古書や読書に興味がある人にとっては,
お薦めですけど。純粋に古書のことが好きな人には,庄司浅水,反町茂雄両氏の著作集も面白いですよ(いまさらですかね?)。


4月26日


Columnに"岩波文庫の書店カバー"を追加。


4月25日


Columnに"岩波文庫の小冊子"を追加。


4月24日


「フランス名詩選」の訳はどうなんでしょう? 3人で分担して訳しているんですが....。有名な詩の場合,先に訳されたもの,
とくに文語体の名調子にならされているので,新訳にはなかなか馴染めませんね。巻末にある作者(詩人)プロフィールは充実しているので,
これだけ読んでも面白いです。


4月23日


神田の山陽堂支店には,相変わらず「岩波文庫5000冊揃いあります」という張り紙が。値段は....書いてありません。さて,
いくらなら買うべきでしょうか? 1冊1000円として500万円てとこかしら。「動物哲学」に3500円付けてたくらいだから,
もっと高くなるかな。


4月22日


ながらく絶版となっていた岩波文庫が復刊されたとき,本文は昔のままで,扉のページのみ新しいものに付け替えて出てきますね。だから,
本文は旧式に右から左に横書きされているのに,扉ページだけ左から右だったり,タイトル自体も,本文はヂェルミニ・ラセルトゥウなのに,
扉ページはジェルミニィ・ラセルトゥウだったり....。これは普通であれば,一冊の本として極めて具合が悪いと思うのですが,
岩波文庫の場合,当然のこととして別に何とも思わない,というのも不思議^^;;。


4月21日


"岩波文庫の整理番号"で,著者別番号に移行した際,すぐに整理番号がなくなった訳ではなく,
数年間は整理番号と著者別番号を併記した時期がありました。その場合の帯にも,背側に岩波書店のマークのあるものと無いものの,
2種類があります。


4月20日


Columnに"岩波文庫の特装本"を追加。


4月18〜19日


天気がよいので江ノ島近くの海岸に行って来ました。早くも水着姿で焼いている人やサーファーで大にぎわい。ついでに実家の書庫(物置)
の整理をし,「二十歳の原点」など,いろいろ懐かしい本を見つけました。


4月17日


職場の近くに本屋がある。なぜかこの本屋,入口近くにH本のコーナーがあり,昼休みは近くのサラリーマンで黒山の人だかり。
その奥にあるパソコン本コーナーを目指している私は,けっ,昼間っからこんなもん見て,邪魔な奴らよ!と思いながら,
かき分けかき分け進んでいく。そしてようやくたどり着いたパソコンコーナーにはもっとむさい男の群....。
女性誌の書棚ごしにこちらを見遣るOLの眼は,なんなの,このむさ苦しい人たちって....^^;;。あ〜,ヤダヤダ。


4月16日


Columnに"旺文社文庫"を追加。


4月15日


朝の通勤電車の中から「ジェルミニィ・ラセルトゥウ」を読んでいるので,なんとなく憂鬱な気分^^;;。
岩波文庫にはゴンクウル兄弟の作品はこれ一つしか入っていませんね。それもずっと絶版。救いのない話ではありますが。


4月14日


昭和60年頃に創刊されたたくさん(50くらい)の文庫のうち,残っているのは半数以下だといわれています。サンリオや潮,
学燈など有名どころ以外でも,あっぷる文庫(曙出版)など1冊しか出さないで打ちきりになった例もあるようです。
大陸書房からもいくつかのシリーズが出ていましたね....。


4月13日


Linksに"「南総里見八犬伝」
白龍亭"
を追加。おすすめです。


4月12日


カウンターを作りかえてみました。いままでairnetで用意していたものを使っていたのですが,
フォントを変えてみようと思ったからです。なにかだんだん重くなってしまい,申し訳ないです。


4月11日


久しぶりに「本の雑誌」を買いました(5月号)。
97年度タイトルベストテンに掲示板で話題となったたちばなカッポレ文庫の一冊も候補にあがっていて,
そのタイトルが「金しばりさんこんにちは」ですって....。やはり侮れないな,この文庫。


4月10日


Columnに"岩波文庫の整理番号"を追加しました。


4月9日


4月は異動のシーズン。きょうは我が職場でも歓迎会です。「ゲーテ・カーライル往復書簡集」を読んでいますが,年齢も国も違う二人が,
互いに尊敬しあい,ドイツ文学を語るというのは,なかなか気持ちの良いものですね。もっと地味な内容かと思い,読むのが遅れました。
損をしました。


4月8日


さて,片岡義男は20年前とぜんぜん変わっていないことがわかりました^^。当時は,
斬新な感じを受けたかもしれない独特の言い回しも,この歳になるとちょっとわざとらしい感じがしてしまいます。この本のテーマは,
オリンパスOM−1を巡る思い出なので,それには興味があるのですが。


4月7日


小学館文庫よりCDROM写真集のついた「撮って,と被写体が囁く」(片岡義男)が出ています。帯には,文庫初CDROM付と書かれ,
片岡氏によると「俺の書く小説は写真だ!」ということらしいです。まあ,珍しいんで買ってしまいました。


4月6日


Columnに
「岩波文庫の赤帯を読む」
を追加しました。


4月5日


初夏のような陽気に誘われて,近くの辻堂海浜公園に行ってきました。のんびり寝転がって読書というのも楽しいのですが,子連れですと,
とてものんびりという訳にもいきません。図書館にも行きづらくなりましたし....。
相変わらず通勤電車以外で落ち着いて読める場所は,見つからないようです。


4月4日


Columnに"岩波文庫の黄帯と緑帯を読む"を追加しました。


4月3日


藤沢(神奈川県)の有隣堂に,「岩波文庫の黄帯と緑帯を読む」が平積みになっていました。さっそく読んでいますが,前作(赤帯)同様,
趣味は合いそうにありません...なかなかユニークな人ではあります^^;;.。


4月2日


例の三島由紀夫との関係を書いた文藝春秋「三島由紀夫 剣と寒紅」(福島次郎著)。
遺族の訴えが認められて発行差し止め命令が裁判所から出ましたね。青山ブックセンターからのメールで『今現在店頭にはまだ在庫がありますが、
ことによるとそれらも回収なんてことになるかもしれません。三島の恋人だったという男性が彼との関係を赤裸々に告白したというこの本、
読んでみたいという方は今のうちに手を打っておいた方が賢明ですよ、きっと。ぜひインターネットショップにご注文を!』とのことです。
どうしますか? それとももう読んだかな?


4月1日


Linksに,F式Wonderland!旭屋書店を追加。F式は,
デザインがとっても凝っていて面白いです!

posted by 南野靖一郎 at 06:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 1998年

1998年04月13日

フレア文庫

 


中学生たちにもう一度,本を読む喜びを知ってほしいー。子供の読書離れが言われる中で,東京の小出版社「フレア」
が埋もれた内外の少年少女文学名作の文庫化を始めた。昨年12月に川端康成の作品など4点を出版,
9月には第二弾としてロシアの作品など2点を刊行する。

「最近の中学生は,いじめとか,孤独とか,厳しい状況に置かれていると思う。そんな子供たちの心の支えになるような本があってもよい」
と,フレアの鳥田みきさん。フリーの編集者を経て昨年1月,姉らとフレアを創立したが,「子供のころ読んだ少年少女向け文学全集には,
良い作品がたくさん含まれていた。それらに再び光を当てたい」と,考見ていたと言う。


単なる復刻版ではなく,文庫にしたのは,「価格抑え,できるだけ多くの子供たちに読んでほしい」という気持ちから。「万葉姉妹・
こまどり温泉」(川端康成),「イングランド童話集」(福原麟太郎訳),「なぞ物語」(W・デ・ラ・メア),「世界童謡集」(西條八十,
野上 彰ほか編)の既刊4点点は,520〜670円の価格設定だ。


コミックスや学習参考書に押されて児童書が書店で占めるスペースは減りつつあるが,評価の定まった名作はいつでも手に入る。
「子どもと本の出会いの会」事済局長の小西正保さんは「昭和30年代半ばから50年代初めにかけて盛んだった創作児童文学が,
子供の活字離れや少子化の影響などで力を失い,発行点数が減っている」とした上で,「埋もれた名作を出版する意味はあるだろう」と話す。
フレア文庫は大手取り次ぎの扱いではないため,今のところ置かれているのは,東京と名古屋の一部の書店。それでも,「イングランド童話集」
などが好評で,年配の読者を中心に手紙や電話で「次が出たらぜひ教えて」などの反響や励ましがあったという。


同文庫を入手したい場合は,書店で「地方・小出版流通センター扱い」と言うか,直接,フレア(電話03-5245-2671)
へ注文する。


(以上,神奈川新聞1997年8月5日付)

posted by 南野靖一郎 at 12:24| 1998年

1998年04月06日

岩波文庫の赤帯を読む

岩波文庫の赤帯を読む
門谷建蔵著「岩波文庫の赤帯を読む」は,とてもユニークな本だ。著者自身「赤帯限定読書マラソンのような」というように,岩波文庫の「赤帯」(外国文学)を900冊ほど読み,各々に短いコメントを付けたもの。

普通の書評本と違い,購入書店や価格の記録(多くは一般の古本屋で購入)を詳しく記す一方,コメントの方はかなり自由自在^^;;。ベスト20や30がいろいろ出てきて,結局なにがお薦めなのか,途中からわからなくなってしまう。赤帯すべてを精読するというのはもとより無理な話であるが,途中で投げ出した本については,正直にそのように書いてある。岩波文庫を多少でも集めた経験のある人には,思い当たる節も多いだろう。

また,同時進行的に書いているため,最初読みたくないといっていた「総目録」を,いざ手に入れると「もっと早く買っておけばよかった」などど後悔しているのも面白い。著者は,細々とした食べ物や風習・伝説を描写した作品が好きなようで,「嵐が丘」や「高慢と偏見」,カフカ,
ツルゲーネフなどは嫌いなようだ。それではパール・バックの「大地」ならどうか,というと「中国の大家族はつまらない」そうである。そんな訳で,この本の中では,あちこちに出てくる「嫌いな本」というのが,いちばん楽しく読めた。

著者によると「総目録」記載の著者番号は,現物と違っているものがかなりあるそうだ。それは今後の刊行を睨んだ変更でもあるらしいが,私は最近,著者番号別のリストをつくるのをやめてしまったので,参考になった。
posted by 南野靖一郎 at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 1998年

岩波文庫の赤帯を読む

岩波文庫の赤帯を読む
門谷建蔵著「岩波文庫の赤帯を読む」は,とてもユニークな本だ。著者自身「赤帯限定読書マラソンのような」というように,岩波文庫の「赤帯」(外国文学)を900冊ほど読み,各々に短いコメントを付けたもの。

普通の書評本と違い,購入書店や価格の記録(多くは一般の古本屋で購入)を詳しく記す一方,コメントの方はかなり自由自在^^;;。ベスト20や30がいろいろ出てきて,結局なにがお薦めなのか,途中からわからなくなってしまう。赤帯すべてを精読するというのはもとより無理な話であるが,途中で投げ出した本については,正直にそのように書いてある。岩波文庫を多少でも集めた経験のある人には,思い当たる節も多いだろう。

また,同時進行的に書いているため,最初読みたくないといっていた「総目録」を,いざ手に入れると「もっと早く買っておけばよかった」などど後悔しているのも面白い。著者は,細々とした食べ物や風習・伝説を描写した作品が好きなようで,「嵐が丘」や「高慢と偏見」,カフカ,
ツルゲーネフなどは嫌いなようだ。それではパール・バックの「大地」ならどうか,というと「中国の大家族はつまらない」そうである。そんな訳で,この本の中では,あちこちに出てくる「嫌いな本」というのが,いちばん楽しく読めた。

著者によると「総目録」記載の著者番号は,現物と違っているものがかなりあるそうだ。それは今後の刊行を睨んだ変更でもあるらしいが,私は最近,著者番号別のリストをつくるのをやめてしまったので,参考になった。
posted by 南野靖一郎 at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 1998年

1998年04月04日

岩波文庫の黄帯と緑帯を読む

岩波文庫の赤帯を読む
「岩波文庫の赤帯を読む」に続いて,同じ著者(門谷建蔵)による「黄帯と緑帯を読む」が出た。今回は,日本文学を中心に,前書で漏れた赤帯も少し拾いながら,類書をまとめつつ,コメントしているのだが,各々の作品の解説ばかりでなく,作家別・年代別に岩波文庫への収録点数をしらべ,各作家の岩波文庫への貢献度をランク付けするなど,一風変わった読書記録となっている。

著者は好きな作家として,正岡子規,谷崎潤一郎,萩原朔太郎などを挙げ,嫌いな作家として,徳富蘆花,有島武郎,武者小路実篤などを挙げる。その理由は,日本文学の伝統になじまず,花鳥諷詠的でなく,人事一点張りだから,だそうで,この辺,趣味の問題とはいえ,理解し難いところもある。

黄帯,緑帯にかかわらず,詩歌集は比較的詳しく取り上げられている。ここでもその評は,個人的な好き嫌い問題となっているので,これを書評本とみれば,首を捻る向きもあろうが,岩波文庫収集家の記録だとすれば,購入した古書店や価格もいちいち書かれているので,それなりに興味深いところもある。

著者はプロフィールによると1940年生まれで,年輩の人らしいのだが,比較的最近岩波文庫に目ざめて,集中して買いまくっている。また,著者は,栞がわりにアイドルの足の部分だけを切り取った写真を挟み込んでいるという。どうも今ひとつ得体の知れない人なのである....。
posted by 南野靖一郎 at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 1998年

岩波文庫の黄帯と緑帯を読む

岩波文庫の赤帯を読む
「岩波文庫の赤帯を読む」に続いて,同じ著者(門谷建蔵)による「黄帯と緑帯を読む」が出た。今回は,日本文学を中心に,前書で漏れた赤帯も少し拾いながら,類書をまとめつつ,コメントしているのだが,各々の作品の解説ばかりでなく,作家別・年代別に岩波文庫への収録点数をしらべ,各作家の岩波文庫への貢献度をランク付けするなど,一風変わった読書記録となっている。

著者は好きな作家として,正岡子規,谷崎潤一郎,萩原朔太郎などを挙げ,嫌いな作家として,徳富蘆花,有島武郎,武者小路実篤などを挙げる。その理由は,日本文学の伝統になじまず,花鳥諷詠的でなく,人事一点張りだから,だそうで,この辺,趣味の問題とはいえ,理解し難いところもある。

黄帯,緑帯にかかわらず,詩歌集は比較的詳しく取り上げられている。ここでもその評は,個人的な好き嫌い問題となっているので,これを書評本とみれば,首を捻る向きもあろうが,岩波文庫収集家の記録だとすれば,購入した古書店や価格もいちいち書かれているので,それなりに興味深いところもある。

著者はプロフィールによると1940年生まれで,年輩の人らしいのだが,比較的最近岩波文庫に目ざめて,集中して買いまくっている。また,著者は,栞がわりにアイドルの足の部分だけを切り取った写真を挟み込んでいるという。どうも今ひとつ得体の知れない人なのである....。
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1998年03月31日

角川文庫

涼宮ハルヒの憂鬱
昭和20年に創立された角川書店が文庫を創刊したのは1949年(昭和24年)5月。もっとも最初はB6判という「リーダース・ダイジェスト」と同じヘンな判型で,これをやめて現在のA6の文庫判型で刊行しはじめたのは1950年5月から。

創業者の角川源義は元中学校教諭で,柳田國男,折口信夫の薫陶を受けた国文学者兼俳人。そういう人の出した文庫だから,初めのころは,日本文学に関しては独特の強みがあった。柳田國男の多くの著作をはじめ,北原白秋の「明治大正誌史概観」とか石川淳の「文学大概」とか三島由紀夫の「純白の夜」とか,さらには中里介山の「大菩薩峠」全27冊とか,他の文庫ではあまり見かけないような異色作をせっせと刊行していたものである。ただし体裁は岩波と新潮の後追いで,特に面白味はなかった。

それがコペルニクス的転回を見せたのは,昭和40年代前半,角川春樹が編集局長に就任してから。エリック・シーガルの「ラブ・ストーリー」,「八つ墓村」ほかの横溝正史ミステリーで大ヒットをかっとばし,映画とタイアップして徹底的に売りまくった。さらに名著主義を廃して大胆に現代物をセレクトし,カラフルなイラストのカバーをつけて若い読者をさらい,文庫をアメリカのペーパーバック型のものに変えてしまった。こういう行き方は"角川商法"と呼ばれ,日本の出版界そのものを変えてしまった。

その後,コカイン密輸事件で,春樹社長のワンマン体制に対する批判が噴出。曽野綾子は,「徹底して売れない作品を切り捨てる角川書店の商法には,もはや文学を育てる土壌の存在が感じられなかった」とし,「もうこの出版社とは『縁がないな』と感じていた。(地味な文学を)育てるという努力をせず,いいとこだけつまみ食いをする社長にイエスマンをし続け,いざとなると,それは社長の横暴のせいでした,と言う社員と改めて付き合うのは嫌になったため,版権を引き揚げることにした」,と角川書店への縁切り宣言。

それに対し,当時の見城徹・角川書店編集部長は,「個人的な見解だが,飛んでいっておわびしたうえで,曽野さんの意思を尊重したい。通知は曽野さんらしい主張で,仕方のないこととも思う」などと反省しきり。しかし,その見城氏も....。

※昭和59年には「ロシア革命史」,「実践論・矛盾論」などが「名著コレクション」として,平成元年には「舞姫タイス」,「マリオと魔術師」などが「リバイバル・コレクション」と名付けられ,復刊された。
posted by 南野靖一郎 at 10:23| Comment(1) | TrackBack(0) | 1998年

角川文庫

涼宮ハルヒの憂鬱
昭和20年に創立された角川書店が文庫を創刊したのは1949年(昭和24年)5月。もっとも最初はB6判という「リーダース・ダイジェスト」と同じヘンな判型で,これをやめて現在のA6の文庫判型で刊行しはじめたのは1950年5月から。

創業者の角川源義は元中学校教諭で,柳田國男,折口信夫の薫陶を受けた国文学者兼俳人。そういう人の出した文庫だから,初めのころは,日本文学に関しては独特の強みがあった。柳田國男の多くの著作をはじめ,北原白秋の「明治大正誌史概観」とか石川淳の「文学大概」とか三島由紀夫の「純白の夜」とか,さらには中里介山の「大菩薩峠」全27冊とか,他の文庫ではあまり見かけないような異色作をせっせと刊行していたものである。ただし体裁は岩波と新潮の後追いで,特に面白味はなかった。

それがコペルニクス的転回を見せたのは,昭和40年代前半,角川春樹が編集局長に就任してから。エリック・シーガルの「ラブ・ストーリー」,「八つ墓村」ほかの横溝正史ミステリーで大ヒットをかっとばし,映画とタイアップして徹底的に売りまくった。さらに名著主義を廃して大胆に現代物をセレクトし,カラフルなイラストのカバーをつけて若い読者をさらい,文庫をアメリカのペーパーバック型のものに変えてしまった。こういう行き方は"角川商法"と呼ばれ,日本の出版界そのものを変えてしまった。

その後,コカイン密輸事件で,春樹社長のワンマン体制に対する批判が噴出。曽野綾子は,「徹底して売れない作品を切り捨てる角川書店の商法には,もはや文学を育てる土壌の存在が感じられなかった」とし,「もうこの出版社とは『縁がないな』と感じていた。(地味な文学を)育てるという努力をせず,いいとこだけつまみ食いをする社長にイエスマンをし続け,いざとなると,それは社長の横暴のせいでした,と言う社員と改めて付き合うのは嫌になったため,版権を引き揚げることにした」,と角川書店への縁切り宣言。

それに対し,当時の見城徹・角川書店編集部長は,「個人的な見解だが,飛んでいっておわびしたうえで,曽野さんの意思を尊重したい。通知は曽野さんらしい主張で,仕方のないこととも思う」などと反省しきり。しかし,その見城氏も....。

※昭和59年には「ロシア革命史」,「実践論・矛盾論」などが「名著コレクション」として,平成元年には「舞姫タイス」,「マリオと魔術師」などが「リバイバル・コレクション」と名付けられ,復刊された。
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1998年3月

3月31日


「図書」掲載の千野栄一氏"人はどうやって蔵書を整理するか"によると,かの作家カレル・チャペックは,
きちんと整理された書斎をもっていて,「私には物を探すという贅沢な時間はない」と言ったとか。贅沢と縁がないことでは自信がある私も,
本だけではなく,整理されていないパソコン内のファイルやブックマークまで探しまくって,時間だけは贅沢に浪費している....反省。


3月30日


Columnに"岩波文庫1997年売上ベストテン"を追加しました。


3月27〜29日


大阪に出張。近畿大学に行ったので,ちかくの古本屋を覗いてみたのですが,残念ながら収穫はありませんでした。
結構新しい岩波文庫はあったのですが,戦前版はあまり見かけなかったので....。大阪市内の古書店を回る時間はありませんでした。
海遊館のジンベイザメは見てきたんですが^^;;。


3月26日


やってしまいました!おやくそくですが....好奇心にかられて導入したWindows98。やっぱりコケました;_;。
まともに立ち上がらなくなり,ど〜しようと一時は青くなりましたが,
偉いことにこのWin98,簡単にWin95に復帰できるのですね。よかったのか悪かったのか....^^;;。

ミステリーのページhosokin's
room
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3月25日


ヴェブレン「有閑階級の理論」の新訳がちくま文庫から出ています。「緑の館」といい,これといい,岩波などに対抗して
「読みやすいアップトゥーデートな訳」を打ち出しているわけですが,読んだところ,別段すいすい読めるというわけにはいかないようです,
残念ながら....。ちくま文庫については,オフィシャルなホームページはないようですが,絶版リストを千葉大の学生さんがつくっています。


Acknowledgementに過去の掲示板の内容を収録しました。


3月24日


寝不足でうつらうつらしながら,相変わらず電車の中で「パイドン」を読んでいます。これはソクラテスが処刑される日に,
弟子たちを集めて話したことを記録したもので,もっぱら「霊魂は不滅か?」というテーマで議論。弟子たちとのやりとりが,なかなか面白くて,
電車の中でニヤニヤ。怪しいひとになってしまいます。


3月23日


きのうの午前中,56kのモデムを探しに,秋葉原まで行ってきました。内蔵型のモデムを見つけ,さっそく帰って取付け。
取付けは簡単でも,Gatewayのケースは相変わらず手強い(なかなか閉まらない)。私が不器用なだけでなく構造上の問題で,
Gatewayユーザーのページを見ると,みんな苦労しているのがわかる^^;;。プラトンの「パイドン」を読む。


3月22日


ようやくお金が貯まり???AIRnetへ引っ越すことができました。まだ不備なページもありますが,心機一転がんばりますので,
今後ともよろしくお願いいたします。(掲示板のみ,まだGeocitiesに残っています)


3月21日


「オデュッセウスの世界」
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3月20日


駅ビルの書店で,我が母校(高校)の「春休み課題図書」なるものが平積みになっていた。どれどれと見てみると,岩波新書
「日本語と外国語」,高村光太郎の「詩集」と「智恵子抄」,芥川龍之介「杜子春」,志賀直哉「小僧の神様」....20何年か前,
僕がいた頃と全然変わってない! 責任者出てこ〜い!


3月19日


「著者番号Nの登場」
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3月18日


「尼僧ヨアンナ」
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「コバルトブルーの海を旋って」
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3月17日


帰りの電車で,職場のロッカーの中に放り込んであったイヴァシュキェヴィッチの「尼僧ヨアンナ」(岩波文庫)を読む。
映画にもなったこの悪魔祓いの物語。集団悪魔憑きとなった修道院の尼僧たちと,
悪魔祓いのために派遣された敬虔だが弱々しい神父との闘いを描いている。17世紀に実話がもとになっているが,
本書は戦後にポーランドで出版されたもの。


3月16日


きょうから18日まで,JR新橋駅前機関車広場で恒例の「古本祭り」が開かれています。朝,通勤時はまだシートが掛かっていたけれど,
帰りにちょっと覗いてみよう....そんな早い時間に帰れれば,の話ですが....。


3月15日


どうもずっと風邪気味で,体力落ちたかなぁと感じているのですが,朝早くからネットサーフィン(死語)
に精を出しているのがいけないような気も。ようやくほとんどのページを新デザイン(というほどのものではない....中身は変わらないし)
に変更し終わり,ほっとしたところ。基本的には,読む方も,書く方も,あまり複雑にならないような造りにしたつもりです....。

posted by 南野靖一郎 at 06:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 1998年

1998年03月21日

オデュッセウスの世界

「邪馬台国」ファンというのは多いようで,遺跡の新発見などがあるたびに,町が観光地化するほどのにぎわいをみせるようですが,
身近とは言えない西洋の古代史についても,たとえばシュリーマンの「古代への情熱」
などを子供の頃に読み,古代ギリシャへのあこがれを抱いた方も多いのではないでしょうか。 


しかしながら,岩波文庫にもいろいろ収められているギリシャ神話やホメロスなどを読んでみても,
どうもコロコロと読み方が変わる神々の名前や,あまりに長大でくどい言い回しの詩に負けてしまい,
面白く読めるのは考古学者の苦難と栄光の自叙伝ばかり....ということになってしまいました,私の場合。 


ところが,そんなホメロス音痴をも興奮させてくれる楽しい本がありました。それが,
アメリカの歴史学者フィンリーによる「オデュッセウスの世界」(岩波文庫1994年刊)。
これはもともと1954年に書かれた本なので,岩波文庫に収められた本としては,とくに新しいものともいえるでしょう。
 


その理由の一つとなるかどうかわかりませんが,
本書は題名から受けるホメロスの叙事詩やギリシャ古代史に関するやさしく書かれた本....という啓蒙書的イメージとは裏腹に,実は,
現在のギリシャ古代史研究に大きなインパクトを与えた記念碑的著作なのです。そのポイントは,
フィンリーがホメロスを精細に読みすすめるにあたって採った新手法にあります。 


フィンリーはまず,ニーベルンゲンの歌やローランの歌など,各国に残された他の叙事詩を比較検討することにより,「イリアス」や
「オデュッセウス」の成立過程を明らかにし,一方で,文化人類学的な手法,
とくに未開社会の研究をもとに,古代ギリシャの社会構造を明らかにしました。 


それによりフィンリーの得た結論は,従来の定説を覆す画期的なものでした。 



  1. ホメロスの歌っている世界はミュケナイ文明(前1600-1200)ではなく,
    それが崩壊したあとの暗黒時代(前1200-800)初期である。 

  2. ミュケナイ時代と暗黒時代との間には,文明の断絶があり,ホメロスはミュケナイ時代のことをほとんど詠んでいない。
     

  3. 暗黒時代の古代ギリシャには社会制度や国家がまだなく,未開社会であった。
     

  4. 10年にも及んだとされるトロイヤ戦争などなかった。 


本書が出版され大きな反響を呼んでから,ギリシャ暗黒時代の研究がにわかに活性化し,古代ギリシャ文字の解読や,
トロイヤの発掘調査が盛んに行われるようになりました。一方,そのような学術的見地での重要性のほかに,本書は叙事詩からの豊富な引用や,
シュリーマンの発掘調査に対する評価など,ホメロスや古代ギリシャに興味のある一般の古代史ファンにとっても,
たいへん楽しい読み物となっています。 


そういう意味では,梅原 猛の古代史本のような雰囲気もありますかね...。お薦めです。

posted by 南野靖一郎 at 16:35| 1998年

1998年03月18日

尼僧ヨアンナ

物語・・・・修道院に悪魔祓いのために派遣されるスーリン神父は,その途中の宿屋で,怪しい噂を耳にする。
修道女たちに悪魔が憑き,みな裸で踊り回るなど狂乱状態だ。とくに尼僧長のヨアンナには,いくつもの悪魔が住み着き,
どんな悪魔祓いの儀式も功を奏さない。神父の前任者も,このヨアンナの妖気に惑わされ,狂い死んだのだという。


不安でいっぱいの神父が,修道院で実際に出会ったヨアンナは,普段は魅力的な瞳を持った淑やかな女性。しかし,
いちど悪魔が乗り移ると,野獣のように唸り,呪いの言葉を吐き,ほかの修道女とともに荒れ狂うのだ。


はじめは,教理に則って,公開の悪魔祓いの儀式をおこなうスーリン神父だったが,全く効き目がないことを悟ると,
密室でのヨアンナとの一対一の対決を試みる。そして次第にヨアンナの苦しみ,真実の声を知るにしたがい,自らがその悪魔の犠牲になるほかに,
ヨアンナを救う道はないと知る。


ついにそのときは訪れ,ヨアンナと抱き合った神父は,体の中に悪魔たちが乗り移るのをはっきりと感じる。その後,
すっかり普通に戻ったヨアンナに対し,悪魔を受け入れた神父は,内なる悪魔との戦いの中で疲れ果て狂乱。
ヨアンナの肉体に戻ろうとする悪魔を自らの内に永遠に閉じこめるため,悪魔にすべてを売り渡す。悪魔は神父に従者ら二人の少年を殺害させ,
ふたたびヨアンナも狂うが,しばらくののち元に戻り,その後は長く修道院長をつとめる....。


・・・この物語はもともと,17世紀フランスの史実をもとにポーランドの作家イヴァシュキェヴィッチによって書かれたもので,
出版されたのは大戦直後の1946年。ナチの侵略など,当時のポーランド情勢をふまえて,
この悪魔をなにか象徴的なものとして捉える読み方も当然ある。


とくに本書を有名にしたのは,カヴァレロヴィッチ監督によるポーランド映画で,日本でも1962年に公開され大変評判になった。
この映画では,あきらかに大戦中のナチ支配から,戦後のスターリン圧政によるポーランドの苦悩を全面に押し出している。

posted by 南野靖一郎 at 16:34| 1998年

1998年03月15日

ノートパソコンがトラブル

きょうは職場のノートパソコンがトラブルで,再インストールに半日かかってしまった。
最近なぜか,週刊アスキーを読んでいるのですが,あの西和彦の日記はユニークではあるけれど,ちょっと鼻につきますね。編集後記がデカイ雑誌にろくなものはない,などといわれますが・・・。
posted by 南野靖一郎 at 21:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 1998年

1998年03月14日

マックなひと3

なかなか見つからなかった藤原鉄頭さんの「マックなひと3」(毎日コミュニュケーションズ)。
ようやく近くの書店に平積みされていたのを発見。初刷はすぐ売り切れだったとか....やっぱり売れてるのね。で,世間のマックな人たちは,
シェア10%とか言われながらも,書店にならぶマック本の多さからして,実際に"使われている"パソコンにおけるマックのシェアは40%
などと言っております。でも,マック本は私みたいなウィンな人でも買ってるんですよ,面白いから。その逆はないでしょうけど。

posted by 南野靖一郎 at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 1998年

1998年03月13日

立子へ抄

ほー,なんだかバタバタとした一日だった。
高浜虚子の「立子へ抄」(岩波文庫)を読む。芭蕉は,かの「古池や・・・・」の句に自ら重きをおいていて,死に際し,これが自分の辞世の句であると言ったといいます。この句のどこにそれだけの価値があるのか。虚子は本書でわかり易く教えてくれました。
posted by 南野靖一郎 at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 1998年

1998年03月11日

花粉症

花粉症が猛威を振るっている。私の症状は,まだまだたいしたものではないけど,通勤電車の中で座って本を読んでいると,ズルズルと情けない状態になるのが困ります。
いとうせいこう氏らの「見仏記−海外編」,欲しかったが,ちょっと見送り。正・続と買った国内編が,すぐに文庫化されてしまったせいかも。
posted by 南野靖一郎 at 18:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 1998年

1998年03月10日

すぐに役立つホームページ888

「すぐに役立つホームページ888」というムックに,このページが載っていました。が,この本全体が,他誌に掲載されたページの集大成^^;;らしい(自分でそう言っている)。まあ,文句を言う筋合いではないが,"WebのことはWebで"というのがやはり良いようで....。
posted by 南野靖一郎 at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 1998年

1998年03月09日

居間のテレビが壊れてしまった

居間のテレビが壊れてしまった。このM社製29型テレビ,毎年一度は必ず故障するハズレものである。私はテレビよりパソコンのディスプレィを眺めている時間がはるかに長いので,どうでもよいのだが,息子はお気に入りの「おかあさんといっしょ」がラジカセからの音だけなので,キョトンとしながら,とりあえず曲に合わせて踊っている....。
posted by 南野靖一郎 at 18:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 1998年

1998年03月08日

作家別に分けた文庫棚

天気が良いので,近くの美術館まで散歩。近くに図書館もあるのだが,最近足が遠のいている。文庫本主体の生活?になってしまったからか。書店でも文芸書の棚はざっと見て通り過ぎるが,文庫の棚とパソコン雑誌の棚は舐めるように見ている。
しかし,あの出版社でなく作家別に分けた文庫棚(近くの書店でやっている)は,出版社から本を探そうとする人(少数派かも)にとってきわめて具合が悪い。
posted by 南野靖一郎 at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 1998年