2003年09月30日

2003年9月

9月30日


岩波文庫の新刊「伊豆の踊子・温泉宿 他4篇」(川端康成)を読む。著者の若い頃の作品を集めた短篇集ですが,
岩波文庫の旧版を含め,何度も読んだ「伊豆の踊子」,やはり,読むたびに,爽やかな感動があります。
子供の頃には読み流してしまうところもありますし・・・。とくに,最初主人公が踊り子を性的な対象として見ながら,
あとでそれが間違いであったと気付き笑ってしまったこと,「いいひと」と言われて素直に嬉しくなったことなど,
この歳になって読むと,その気持ちがストレートに分かります。その他の作品では,比較的穏やかな「温泉宿」のほか,
「黒い海青い海」など,横光利一が賞賛したという「新感覚派」としての作風がよく表れていて,興味深いところです。


 


9月28〜29日


帰ってきたと思ったら,また出張。乱歩で残った「白髪鬼」を読みました。本作は,講談社「富士」
昭和6年4月号から7年4月号まで連載したもので,原作はメアリ・コレリの「ヴェンデッタ」。黒岩涙香がこれを「白髪鬼」
として翻訳したのを読み,乱歩は,舞台を日本に移し,原作にない筋もつけ加えて翻案した。掲載当時,涙香と同じ題をつけたので,
乱歩は黒岩家を訪ね,涙香の長男,日出雄氏に会って諒解を得たとのこと。内容は,『九州にあるS市の旧家,大牟田家の主人で子爵の敏清は,
評判の美女瑠璃子を妻とし,美男の親友川村義雄と3人で不自由なく暮らしていた。しかし,瑠璃子と川村の謀により,敏清は殺され,
大牟田家代々の墓所に埋葬された。その棺の中で,敏清は息を吹き返し,恐怖のため黒髪は一瞬のうちに真っ白に。苦難の末,
脱出に成功した敏清は,海賊の宝を手に入れ,別人になりすまし,怖ろしい復讐に乗り出す。』というもの。大時代的な復讐話ですが,
乱歩が気に入って翻案しただけに,筆のノリが良く楽しめる作品です。


 


9月22〜27日


ご無沙汰です。静岡はあいにくの雨続きでしたが,仕事の合間に,静岡県立美術館へ行って来ました。
徳川家の特別展(歴代将軍の自筆もの)と,世界で6番目に鋳造されたロダン「地獄の門」を見てきたのですが,規模は小さくとも,
なかなか周囲の雰囲気は良いところでした。この間,読めたのは,「黄金仮面」一編だけでした。黄金仮面・・・
トリックらしいトリックもなく,往年の無声映画ハチャメチャ大活劇の弁士の名調子が聞こえてくる感じ。ルパンに心酔するお嬢様・
不二子が,捕らえられて拷問を受ける自分の姿を想像する真面目な場面で,『恐い顔をした刑事たちに,柱にしばりつけられ,
コチョコチョ,コチョコチョと執拗にわきの下をくすぐられているあさましいわが身の姿が,幻のように浮かんでくる。ああ,
もうだめだ』なにが駄目なんだか,笑わせてくれます。


 


9月20〜21日


光文社文庫乱歩全集「黄金仮面」より,何者と江川蘭子を読む。何者は,いつもの乱歩調ではなく,推理小説らしい推理小説。江川蘭子は,
6人合作の1作目を乱歩が担当したもの。乱歩は,『編集者は,私が予告をした小説さえ書けないような男だから,
後に回して休載などされては困るので合作はいつも第一作を割り当ててくれる』などと言っている。今週は,一週間,静岡へ出張していますので,また戻ってきましたらよろしく。


 


9月19日


また光文社文庫版乱歩に戻って「猟奇の果」を読む。随分懐かしい作品だ。本作は,乱歩自身が,「前半で止めようと思ったが,出版社
(横溝正史だ)が続けろと頻りに頼むものだから,明智小五郎を引っ張り出し「蜘蛛男」風にしたが,結局支離滅裂になった」
と述懐しているように,SM調のおどろおどろしい雰囲気はあるものの,ストーリーは,さすがに無理があるなぁと感じられるところが多い。
まあ,乱歩らしさは十分に出ていて楽しませてもらった。本書には乱歩自身による通常と異なる結末が収録されているのが面白い。これは,
終戦直後「猟奇の果」を復刊した時,当初の構想どおりに話を前半だけで終わらせるために新たに書き下ろしたものとのこと。


 


9月18日


エイ文庫の新刊「旅するカメラ」(渡部さとる)を読む。
新聞社のカメラマンからフリーカメラマンとなった著者のコラム集。駆け出しの頃の失敗,
フリーになってからの売り込みとスタジオでの苦労,ライカ,ハッセルブラッド,キヤノン,オリンパスなど愛着のあるカメラの紹介,
暗室作業の楽しみ,デジタルカメラを使ってみて・・・。カメラマンらしくない?力の入らない自然な語り口が心地よい。
ところどころに入れられたモノクロ写真のトーンもなかなか綺麗。著者のサイトはここ。本書出版記念の掲示板もあり,賑わっています。


 


9月17日


引き続き乱歩「大暗室」を読んでいる。「黄金仮面」も読み始めようと思ったが,来週は一週間出張なので,
その間の読み物として取っておくこととする。今月は,岩波文庫「夢の女」(永井荷風)が復刊される。『身は茫然と,
何か分らぬ冷たい夢の中を彷徨っているような心持であった−貧しい家族のため,女中奉公から商人の妾,娼妓,待合の女将へと,
つぎつぎに変貌をとげる元藩士の娘お浪。境遇に翻弄されながら,新時代の波間を必死に浮きただよう日蔭の花のあわれさを,
にごりのない抒情性をたたえた文体で照らし出す。』 花柳界にいて流されていく女を淡々とした語り口で描いた私の好きな作品だが,
これを書いたのは老成した荷風ではなく,最初の渡米を目前にした24歳の荷風である。
分厚いコロコロコミック10月号を買って帰る。


 


9月16日


光文社文庫「江戸川乱歩全集」よりもう1冊,乱歩の長篇代表作と言われる「孤島の鬼」を読む。
解説にもあるように,『しかしそうしたトリックさえも小ざかしいとすら思わせるほど印象強烈なのは,
何といっても中盤に登場する手記の無気味さだろう。本全集では初出に近い形を採ったが,
この個所に関しては漢字を減らして舌足らずな感を強めた桃源社版全集での最終改稿版(昭和36年)
のほうに軍配を上げざるをえない。熱心な読者には,桃源社版に基づく創元推理文庫版,
角川ホラー文庫版などとぜひ読み比べていただきたいと思う。』ということで,この光文社版は,
戦前のクラッシックな雰囲気が持ち味。それでも,一度読み始めたら止められない恐ろしさだ。


 


9月13〜15日


3連休は暑かったですね。我が家では,土曜日はサーカス,日曜日,月曜日は最後のプールへ行ってきました。サーカスはもちろん,
空中ブランコが目当て。普通の体操競技を見ても,あまり魅力を感じない私ですが,なんで,サーカスの空中ブランコには,
あれほど熱心になれるのか,自分でも分かりません(いや,ほんとは分かっているのですが)。


 


9月12日


「トーキョー偏差値」を読んだ,という話をしたら,カミサンもとっくに買って読んでいるとのこと。
ウチはこの手のダブりがときどきあるが,たぶん相手も買ってるだろうなぁと思いつつダブってしまうのは,
お互い読みたいときに読めないのは許せないという,せっかちでわがままな性格ゆえか。


 


9月11日


久々に林真理子の新刊を読む。「トーキョー偏差値」(マガジンハウス)。マイ・ドラマティック・デイズ,
恋と美貌のオンナ模様,美人の道は果てしなく,東京美女紀行・・・いつも通りの美食,ダイエット,ブランド,
いいオトコにこだわるエッセイだが,今回は,東京に生息するセレブとはなにか?というところがポイント。真理子女史自身は,
安住の地を見つけてしまい,以前ほど気勢が上がらないのが残念。それでも,これでギョーカイ人の生活に憧れる若い女性は,
また増えるんだろうな。


 


9月10日


前から気になっていた光文社文庫の新刊「江戸川乱歩全集」。全30巻とのことですが,ようやく読み始めました。
手始めは,第10巻「大暗室」。これは,怪人二十面相と大暗室の2編を収めたもの。乱歩自身の執筆にまつわる思い出話と,初出・
単行本の異同を示した解題は参考になったが,古い地名や物に関する注釈は何のためにあるのか分かりませんでした。
若い人を意識したのかも知れませんが,作品と絡みのない説明を付けられても,この厚い本がますます厚くなるだけ。まあ,
久しぶりに乱歩の作品を楽しんでみたいと思います。江戸川乱歩については,尖端猟奇大パノラマというページに情報があります。


 


9月8〜9日


また,10倍ズームデジカメレビューの記事に惹かれて週刊アスキーを買ってしまった。失敗だった。
創元社双書の新刊「写真の歴史」(クエンティン・バジャック)を読む。1839年にフランスで生まれた写真術は,
誰が真の発明者か?という論争など置き去りにして,その技術はヨーロッパ各地へ恐るべきスピードで伝播し,
つぎつぎと改良が加えられ,瞬く間に建築,美術,報道,科学などの分野で実用的,芸術的な役割を得ることとなった。本書は,
豊富な図版を使って,19世紀後半,写真の最初期の歴史を分かりやすく解説したもの。写真が当時の人々に,
どれだけの衝撃を与えたかは想像に難くないが,デジカメ時代の今から見て,
それがほんの150年ほど前のできごとだったということにも,あらためて驚かされる。電車の中で読む写真史としては,
手頃でお薦め。


 


9月7日


静山社の松岡祐子社長によると,次作「ハリーポッターと不死鳥の騎士団」は来夏刊行,
第1巻の新書版と朗読CDを年内発売するとのこと。やはり新書化するんですね。新書なら読んでみよう,という人がどれほどいるか?ですが,
少なくともここに一人います。


 


9月6日


書店の棚に並んでいる岩波文庫すべてに,「私の好きな岩波文庫100フェア」の帯が付けられていました。このフェアは,
岩波書店創業90周年を記念し,読者から「愛読書3点」のアンケートを求め,その結果をもとに100冊を選び,開催するもの。
それに合わせて,岩波文庫特別版「読書のすすめ」を書店で配布中です。立花 隆,田中優子ら10名による100冊にちなんだエッセイ。
いずれ別冊でまとめられるとは思いますが,早めに確保を。


 


9月4〜5日


土曜日は久々のプール日和となり,例年の夏休みほどの混雑ではないものの,
近所の海浜公園プールは久々の賑わい。少しは夏らしい気分を取り戻しました。ついでに,床屋へも行ったのですが,
これは千円ポッキリのチェーン店。最近,私のアタマは金をかけるようなアタマではない,ということに,ようやく気付いたわけです。
そうかといって,以前,カミサンに切らせて悲惨な目にあったので・・・。


そんなこんなで,優雅な気分には,ほど遠いのですが,「大人のOFF」最新号『最高の京都』特集を購入。
せめて読むだけでもリッチなものをという訳です。


 


9月2〜3日


皆さんは,相対性理論が分かっていますか? 不肖わたくし(物理学科卒)は,全然分かりません。そこで,
「分かりやすい相対性理論」などという本が,書棚に何冊も並ぶといった情けない羽目になっています。昨日も,知恵の森文庫の新刊
「アインシュタインの宿題」(福江 純)を一所懸命読みました。世界でいちばん分かりやすい「アインシュタイン」本!
と喧伝しているだけあって,相対性理論,ブラックホール,量子力学,宇宙論を中心に,とくにミンコフスキー時空については,
よく説明されていると思いました(なんか情けない)。高校生にもお勧めします。


 


9月1日


久しぶりに「週刊アスキー」を買ったのだが,やはり読むところがなかった。カオスも盛り上がらず,残念。さて,
9月の岩波文庫の新刊ですが,「伊豆の踊子・温泉宿 他四篇」(川端康成),「山の旅 明治・大正篇」(近藤信行),「虚栄の市(1)」
(サッカレー,新訳),「トニオ・クレエゲル」(トオマス・マン)というラインナップ。「伊豆の踊子」が岩波文庫に入ったのは,昭和27年。
同時期に,新潮文庫(25年)や角川文庫(26年)からも文庫化されています。「伊豆の踊子」といえば,(1)
学校の教科書に取り上げられているが,その際ふさわしくない部分はカットされている。それはどこか?,(2)最後の感動的な場面,
『はしけはひどく揺れた。踊子はやはり唇をきつと閉ぢたまま一方を見つめてゐた。私が縄梯子に捉まらうとして振り返つた時,
さよならを言はうとしたが,それも止して,もう一ぺんただうなづいて見せた。はしけが帰つて行つた。
栄吉はさつき私がやつたばかりの鳥打帽をしきりに振つてゐた。ずつと遠ざかつてから踊子が白いものを振り始めた。』 ここで,
『さよならを言はうとしたが,それも止して,もう一ぺんただうなづいて見せた。』のは誰か? という二つの問題。後者には,
著者自身のコメントもあります。

posted by 南野靖一郎 at 18:20| 2003年

2003年08月31日

ベイブレード

夏休み最後の土日。息子のベイブレードの試合(こればっかりだな)につき合って,幕張メッセへ。9時開場なので,8時過ぎには到着したのだが,すでにエントリー番号は155番。1stステージの試合は12時までなのに,こりゃ順番待ちですぐに終わってしまいそうだ。結果,最初の勝負はシュートミスで自爆し,ショボンとしていたが,気を取り直して再チャレンジ。幸い連勝して2nd,3rdステージと勝ち進む。この調子で決勝トーナメントへと意気込むが,さすがに1年生ではここまでといった感じで,連勝ならず,時間切れ終了。本人もまずまず納得の結果でホッとしました。
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2003年08月27日

写真論集成

写真論集成 (岩波現代文庫)
帰宅の電車が止まってしまい,またまた午前様。おかげで岩波現代文庫「写真論集成」(多木浩二)をじっくり読むことができた。本書は,写真雑誌「プロヴォーク」の理論的支柱であった著者の30年にわたる写真論を集成したもの。写真家論,科学写真論,メディア論,モード,ファッション写真論には興味を持てたが,最初の写真の形而上学的考察,なかなか難関だった。
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2003年08月26日

論理哲学論考

論理哲学論考 (岩波文庫)
岩波文庫新刊,ヴィトゲンシュタインの「論理哲学論考」を読みました。・・・この「有名な本」を読んだ,という満足感は得られましたが,そこから何か掴んだ,というヨロコビまでは,とても。それでも知的興奮には違いないですよね。考えてみれば岩波文庫の青帯は,私にとってみんなそうなのかも。岩波によると,『今回の野矢茂樹先生の翻訳は,日本語として「読める」訳にすることはもちろん,訳注も詳しく付して,この哲学書の魅力を十二分に味わえるように配慮されています。野矢先生が少し前に書かれた『ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む』(哲学書房2002年刊)と合わせて読むと理解がいっそう深まるのではないかと思います。』とのこと。
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2003年08月25日

夜明け前 第二部

夜明け前 第二部(上) (岩波文庫)
岩波文庫新刊「夜明け前 第二部」(島崎藤村)を読みました。本書は,木曽路の庄屋である青山家当主の二代にわたる生涯を,維新前後の激しく揺れ動く世相を背景に描いたもの。旧世代,すなわち封建制の中でそれなりに秩序ある安定した生活を送っていた父と,新世代,新たな時代の到来とともに民衆のために立ち上がろうとしたが理想と現実との間で苦しむ息子。そんな世代間の対比と,次第に濃くなる焦燥感に,いたたまれない気になるものの,一読陰惨な感じを与えず,常に読者に一筋の希望を持たせることができるのは,主人公半蔵の純粋一徹な気持ちに,同じ息子世代として,大きな共感を得られるからでしょう。
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2003年08月24日

アラン定義集

アラン定義集 (岩波文庫)
夏休みも残すところ僅か。やっと夏らしい猛暑の週末となりました。土曜日は金沢八景の花火大会へ。例年にも増して,大変な人出でしたが,広い砂浜に座って,間近で上がる花火の迫力に大満足。終わってからも,子供達はみな砂堀に夢中で,なかなか帰ろうとしませんでした。

岩波文庫の新刊「アラン定義集」を読みました。アンリ4世等のリセで65歳まで教育に携わったアランは,授業の中で,様々な言葉の定義を試み,議論の中で練り上げていきました。ここには,アランのカードケースに用意された500語余りのうち,実際に定義が与えられている264語がすべて収録されています。未定義語のリストも掲載されていますので,アランの哲学的な関心がどの辺にあったのか,とくに興味を惹かれました。訳文は,私のような素人には,なかなかスッキリと頭に入ってこない感じなのが残念。
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2003年08月21日

夏期休暇

3日間,夏期休暇を取っていました。火曜日は午後から,久しぶりに息子のサッカークラブの練習を見学。以前は滅茶苦茶だったゲームもそれなりに形になってきたようで感心。水曜日は,ポケモン映画(結構泣ける)と近くの江ノ島ボウルでボーリング。木曜日は少しは夏らしい暑さになったので,一日これも近くの海浜公園プールへ,ということで,当初は温泉へ行こうという目論見もあったのですが,ごく近場で済ませてしまいました。この間,読んだ本といえば,子供向きの「ゾロリシリーズ」数冊(面白かったが)と,BRUTUS最新号(内外の雑誌特集)など。今月の岩波文庫は,アランとヴィトゲンシュタインなので,頑張って読まねばと思っているのですが・・・。
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2003年08月17日

涼しくて

雨が降り続いています。3連休にした週末は,結局どこにも出かけず仕舞い。日曜日の夕方から,ホームセンターへ板やペンキを買いに行って,焼き肉を食べて帰ってきたのが,唯一の外出でした・・・あ,ボウリングもしましたね,150程度と,私にしては上出来。涼しくて,わが国では停電の恐れは無くなったようですが,今年の夏は,このまま終わってしまうのでしょうか?
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2003年08月13日

封印サイトは詩的私的手記

封印サイトは詩的私的手記―I Say Essay Everyday (幻冬舎文庫)
幻冬舎文庫の新刊,「封印サイトは詩的私的手記」(森 博嗣)を読む。おなじみ日記シリーズの第3弾。研究者として,作家として,趣味人として,日々の生活がリアルに語られており,これまで森氏の著作に縁がなかった人でも十分楽しめる(この分厚さなので,途中で息切れしてくるが)。とくに,模型関係,Mac関係に興味のある方にお薦め。公式サイトはこちら
posted by 南野靖一郎 at 12:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 2003年

2003年08月12日

東京古本とコーヒー巡り

東京古本とコーヒー巡り (散歩の達人ブックス 大人の自由時間)
遅ればせながら,「東京古本とコーヒー巡り」(交通新聞社)を読みました。神保町,早稲田,中央線沿線の個性的な古書店40件と,読書にふさわしい隠れ家的喫茶店30件の紹介。神保町古書店マップ付き。書店,出版社など本の仕事に携わる人たちへ,「自分にとって本が読める場所」や「理想の古書店散歩」などを訊いたインタビューが面白い。マニアックな情報は無いけれど,装幀も含めレトロな雰囲気がなかなか良いです。
posted by 南野靖一郎 at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 2003年

2003年08月11日

星の王子さま

星の王子さま―オリジナル版
さて,「星の王子さま」をじっくり読みました(新たに岩波のオリジナル版を買ってきたのだ)。難しい。考えれば考えるほど深みにはまってしまいそうなので,子供のころに戻って・・・と思いましたが,所詮大人の考える子供の気持ちなど,まやかしでしかないようです。この物語は,当時の世相(戦争)と結びつけた解釈や,宗教的な解釈など,さまざまな読み方がなされていますが,大人になった私には,真実の愛を求める物語だと感じられました。
posted by 南野靖一郎 at 12:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 2003年

2003年08月10日

高慢と偏見

高慢と偏見 上   ちくま文庫 お 42-1
週末は台風で大荒れでしたが,日曜日は台風一過,猛暑の中,「ポケモンフェスティバル2003」へ行ってきました。お台場や幕張でのイベントが多い中,横浜開催だったので,今回は近くて助かったのですが,結局大汗をかきました。

今月,ちくま文庫より「高慢と偏見」(ジェイン・オースティン)が中野康司訳で出ましたが,せっかくですから,書名は「新しさ」
を出しても良かったような気がします。「高慢と偏見」だと,なかなか本書の面白さが伝わらないのが残念です。いずれにしてもお薦め(文庫本のための新訳です)。
posted by 南野靖一郎 at 12:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 2003年

2003年08月06日

私の好きなワン・フレーズ

岩波書店では,「星の王子さま」日本語版刊行50年・600万部を記念して,「私の好きなワン・フレーズ」を募集しています。「星の王子さま」のなかの大好きな一節,忘れられない一節,考えさせられた一節などを選び(50字程度),その理由とともに応募すると「オリジナル日記」,「ポストカード・ブック」が当たるとのこと。すぐ思い浮かぶのは,「心で見なくちゃ,ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは,目に見えないんだよ。」,「砂漠が美しいのはどこかに井戸を隠しているからだよ・・・」,「新しくできた友だちの話をするとき,おとなの人はかんじんかなめのことはききません。・・・」から始まる一節などなど。私自身,サン・テグジュペリの作品としては「夜間飛行」や「人間の土地」,「戦う操縦士」などの方が親しいのですが,久しぶりに「王子さま」を書棚から取り出して読んでみたいと思います。
posted by 南野靖一郎 at 12:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 2003年

2003年08月05日

某飲某食デパ地下絵日記

某飲某食デパ地下絵日記 (文春文庫)
いま,グルメの話題は,都心の裏道にひっそりと佇む知る人ぞ知る一軒家のフレンチ,でもなければ,怪しげなマスターが怪しげな食材を使ってあくまでチープ感メインの無国籍料理,でもなく,ズバリ,デパ地下,そう,デパートの地下食品売り場!かねてそう思っていた私だが,同じようなことをみな考えているらしく,最近情報誌でもデパ地下の人気は高い。そんななか,この手の食を語らせたら現在日本一,東海林さだお氏の新刊「某飲某食デパ地下絵日記」(文春文庫)を読むと,デパ地下ファン垂涎の逸品がこれでもかと並んでいて,いてもたってもいられない気分になってくる(我が職場は銀座のデパートからちょっと離れているのだ)。本書はいつものようなエッセイ+絵ではなく,絵本・カタログスタイルなので,私自身はちょっと食い足りなかったが(もともと小田急デパートの新聞広告だったのだから当然か),今後発表されるであろう詳しい報告にも期待したい。
posted by 南野靖一郎 at 12:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 2003年

2003年08月04日

箱根旅行

ようやく梅雨も明け,一気に猛暑がやってきました。そんななか,夏休み旅行第2弾として,箱根に行って来ました。近場なので,いつもは日帰りで行くことも多い箱根ですが,今回は渋めの宿を巡る露天風呂の旅,ということで,よく歩き,かつよくお湯に浸かってきました。さすがに3日目ともなると,子供の方はかなり疲れ気味でしたが,それでも頑張って山道を歩いている姿に,大きくなったなぁと感心。我々親の方は,早々と息切れし,歳を感じた次第。
posted by 南野靖一郎 at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 2003年

2003年07月31日

2003年7月

7月31日


なんとなく梅雨が明けぬまま,7月を越すというのもすっきりしませんが,週末からの夏空に期待しましょう。


 


7月30日


引き続き「夜明け前」の続き。『地方にあって,
若者らしい理想と地元の人々のために尽くさねばならない責任との間で揺れ動く主人公の姿を,
激動する幕末の世相を背景に描いた藤村畢生の大作』というまとめになるのだろう。しかし,読み続けていると,
ポイントを押さえて歴史の動きを巧く捉えているところにまず感心するものの,
主人公の心理的な葛藤が今ひとつリアルに感じられない。私自身が歳をとって,若いときの血気盛んな,
しかし青臭い気分にもう馴染めないせいかも知れないが・・・。とりあえず,先に進もう。


 


7月29日


「夜明け前」を読んでいます。結構丹念に読み進んで,第1部の前半がようやく終わるところ。ちなみに,
島崎藤村の作品は1993年12月31日で著作権が切れているので,「夜明け前」を始め,
主要な作品は青空文庫等で電子化が進んでいます。


 


7月28日


岩波文庫の新刊「夜明け前 第1部」(島崎藤村)を読んでいる。改版ものだが,
こういう作品を再び読む機会を与えてくれたことに,感謝すべきだろうか。しかし,学生時代,
初めて読んだときにも感じたとおり,ほかの(藤村を含む)明治期の文豪小説と違い,「夜明け前」
には近づきがたい雰囲気があり,なかなか手を出すのに勇気が必要だった。20年前は,
それほど精読したと思えない本書,新たな発見がありそうだ・・・。


 


7月25〜27日


まだ梅雨明け宣言がなく,東北地方では地震が頻発。夏らしいスカッとした気分にはなかなかなれませんね。
集英社が文庫創刊25周年の記念企画として今年から刊行している「ヘリテージシリーズ」。そろそろ半年が過ぎて,
どんな具合か調べようと思ったが,神曲以外に何が出ているのか分からなかった。ユリシーズも文庫化するという話だったが・・
・。このままフェードアウトしてしまわないことを願う。


 


7月24日


「朝鮮民芸論集」をようやく読了。何で時間がかかったかというと,意外に面白く,じっくり読んでしまったから。
前半の解説部分も勉強になるが,後半の朝鮮各地の窯あとを訪ねる旅がよい。地名からあたりをつけ,古い窯あとを探しだし,
茶碗のかけらを掘り起こす。一日が終わると,同行の者とそのかけらを吟味し分け合う。学術調査というより,
マニアックな気分漂う発掘の旅。大正末期の朝鮮の地方の人々の生活も興味深い。


 


7月23日


まだ「朝鮮民芸論集」の途中。ラピタ8月号を読む。特集は,鉄道旅の完全ガイド。
各地の珍しい鉄道,マニアを紹介。私は鉄道の旅が大好きなので,なんとか飛行機や車ではなく,
鉄道を使ってやろうと画策するのだが,乗り放題状態だった学生時代と異なり,
なにかと時間に制約のある家族持ちの中年の身では,なかなか思い通りにならず,歯がゆい思いをしている。
我が家から近い面白い鉄道といえば,おなじみ人家を縫って走る江ノ島電鉄。これからの季節,
延々と続く海沿いの国道の渋滞を眺めながら,のんびりと揺られていくのは,なかなかよい気分で,
これぞ湘南の風物詩だと思っている。


 


7月22日


まだ鬱陶しい梅雨が続いています。平凡社新書「クラシックカメラ便利帖」(馬渕 勇)を読む。
マニアックな話ではなく,クラシックカメラの情報を整理したもので,主だったカメラのシャッターの形式や,
レンズの互換性など基本的なスペックを解説。作例などはほとんど無い。
AFカメラとの比較やデジタルカメラの今後など,著者の独断によるところも多いが,
シルバー向けに書いたというだけあって,分かりやすさはマル。


 


7月18〜21日


夏休み最初の3連休。さっそく,越後湯沢の温泉に行って来ました。越後湯沢といえば,川端康成,雪国ですが,
爽やかな夏も良い感じ。幸い天気もまずまずで,何よりも東京から1時間半という近さが,子供連れには助かります。
あまり文学的な旅ではありませんでしたが,温泉は十分堪能しました。


前に揃えた荒木経惟写真集(双葉社)の崩壊が激しい。というのは,綴じが脆くて,
頁をめくるたびに1枚ずつ剥がれてしまう。バラバラにして飾って下さい・・・というわけでも無かろうに。
最近は相当分厚く高価な本でも,無線綴じですませているようですが,かつては岩波文庫も糸かがりだったですよね。


 


7月16〜17日


なかなか梅雨が明けませんね。「ナジャ」を読了。随所に出てくる当時のパリの街角の写真が気分。今月の新刊,
「夜明け前」と「出家とその弟子」は改版だから後回しにして,「朝鮮民芸論集」(浅川 巧)を読む。
美術館のカタログみたいな体裁で,写真がたくさん入っているので楽しいが,文章の方は,
すんなりと理解出来るという感じではなく,なかなか骨が折れそうだ。


 


7月15日


1983年7月15日。何の日?と思ったら,20年前,任天堂の「ファミリーコンピュータ」
が発売された日だという。スーパーファミコンと合わせて1億1000万台を超えた国民的ゲーム機。
最近は小学生の標準機ゲームボーイアドバンスしか稼働していない我が家だが,ファミコン,
スーファミともに大切にとってある。いろいろと批判もあるけれど,この20年間,
子供の遊びを変えた影響力の大きさではダントツだろう。


岩波文庫の新刊「ナジャ」(ブルトン)を読んでいる。350頁のうち半分が訳注と解説・・・。編集部によると,
『これはブルトンにとっても特別な作品であったらしく,初版刊行から34年後に,表題に「著者による全面改訂版」
と付記した新版を発表しており,本書はその改訂版にもとづくものである。本書の訳者は,
33年振りに新たな訳を発表するにいたったわけだが,今回の「解説」原稿執筆中に,
ブルトンの大コレクションを含む遺品が競売にかけられるという知らせとコレクションのカタログが届くというハプニングがあり,
それまで以上に特別な作品となったことと思う。この本を手にとられた方にとっても特別な一冊となりますように。』 
「それまで以上に特別な作品」というからには,そのコレクション買うんだろうな,ていうのは余計なお世話だ。


 


7月14日


次号で終刊となる「カメラジャーナル」7月号を読みました。今回の特集?は,
田中長徳カメラ本全著書完全目録−48点に及ぶ田中長徳のカメラ本の書誌データ完全収録ということで,
面白かったのは,それぞれの本が重版や改版の際に判型や帯のデザインなど,
体裁が変わった点を細かく記しているところ。現役の作家の著作リストというのはよくありますが,
田中長徳氏のように,その本が何刷まででているとか,途中で版元が変わった事情とかは,「企業秘密」
に当たるのか,普通書いていませんね。ファンが知りたいのは,そこだと思うのですが・・・。


 


7月11〜13日


今年は梅雨らしい梅雨で,なかなか明けませんね。生活人新書の新刊「デジカメ時代の写真術」
(森枝卓士)を読みました。『人に見せて恥ずかしくない,あげて喜ばれる写真はこう撮る!
 今日からあなたの写真がグンと垢抜けるコツが満載』とのことで,
相変わらず垢抜けない写真ばかり撮っている私としては,少し勉強しようかと。デジカメの良さは,
その場で失敗作の反省ができること。田中長徳氏は,
フィルムカメラは現像するまでみんな傑作を撮ったといい気分になっていられたのに,
デジカメではそれができなくなった,と言っています。確かに。


 


7月10日


カメラ,ということで,寺田寅彦氏の随筆「カメラをさげて」。
『このごろ時々写真機をさげて新東京風景断片の採集に出かける。・・・写真をとろうという気で町を歩いていると,
今までは少しも気のつかずにいたいろいろの現象や事実が急に目に立って見えて来る。つまり写真機を持って歩くのは,
生来持ち合わせている二つの目のほかに,もう一つ別な新しい目を持って歩くということになるのである。』
 レンズは第三の目,というのは,いまでもよく言われることだが,そんな目で覗いた東京の町は,
古きものと新しきものが一見無秩序に混在しているものの,
『こういうものに長い間慣らされて来たわれわれはもはやそれらから不調和とか矛盾とかを感ずる代わりに,
かえってその間に新しい一種の興趣らしいものを感じさせられるのであろう。・・・現代人にとって,
調和の美しさはもはや眠けを誘うだけである』と語っている。現代の東京でも,新しい高層ビルの谷間にあって感じるのは,
相変わらずの無秩序さ,不調和からくる,ある種の安心感なのである。


 


7月9日


新しいデジカメを買った。IXY400。いままで,
FinePix6800しか使ったことがなかったのだが,携帯性重視ということで決めた。考えてみれば,
キャノンのカメラ(デジカメをカメラと呼ぶのであれば)を使うのは,中学生の頃,父親の一眼レフを借りて以来,
ほとんど30年振りだ(この前,まだ使っていることを知ったけれど)。
ますます出番がなくなってきた銀塩の一眼レフとコンパクトカメラだが,これも捨てられずに持っている。
銀塩に比べれると,デジカメはどうも頼りないし,撮ったという実感に乏しいんですよね。


 


7月8日


鉄道模型というのは,男の子の永遠の憧れですな。我が家も,息子が小さいときには,
部屋が埋まるほどのプラレールを揃えていましたが,今となっては大変な場所ふさぎ・・・でも捨てられません。
まあ,もう少し資力と家の広さがあれば,小さくても良いから家の中に鉄道をひいてみたい,
という気持ちはあります。それなのに,家の中では飽きたらず,庭一面に鉄道をひき,「私鉄」
を開業してしまった人が。他ならぬ作家の森 博嗣さんで,その名も「欠伸軽便鉄道弁天ヶ丘線」。
この手作り鉄道の製作記が,中公新書ラクレの新刊「ミニチュア庭園鉄道 欠伸軽便鉄道弁天ヶ丘線の昼下がり」
にまとめられています。一読,羨ましい限り。1年かけて自分だけで土木工事をし,
最初のうちはときどき脱線騒ぎを起こしたけれど,最近はコーヒーを飲みながら運転出来るようになったそう。
お金のことは出ていないのだけれど,それを訊くのは野暮なんでしょうね。


 


7月4〜7日


ぼやぼやしているうちに,7月の新刊が出てしまいそうです。今月は藤村の改版などがあるものの,アンドレ・
ブルトンの「ナジャ」(巌谷國士訳)が目新しいところ(白水社で以前読んだものですけれど・・・)。
シュルレアリスム運動の最盛期に発表され,不思議な女性ナジャとの出会いと愛と狂気を,
斬新な手法で描いたブルトンの代表作。「私とは誰か? ここでとくにひとつの諺を信じるなら,要するに私が誰と
「つきあっている」かを知りさえすればよい,ということになるはずではないか?」


 


7月2〜3日


珍しく多忙につき,とくに意味はないのですが,岩波文庫の広告で勘弁して下さい。よく見ると面付けの説明もあります。


 


7月1日


カメラ付携帯電話記事撮影はお断り−『カメラ付き携帯電話で雑誌記事をチャッカリいただき,
という若者が増えているが,7月1日から始まった雑誌愛読月間で「マガ人は,マナーを守る」と,
タレントの吉岡美穂さんが書店店頭の読者マナー向上を呼びかけている。ひと昔前なら,
時刻表を隠れてメモするぐらいが関の山だったが,最近はカメラ付き携帯電話の普及で,
雑誌の立ち読み中気に入った料理レシピを堂々と撮影する読者が出現しているため,
読者のマナー向上を呼びかけることにしたもの。雑協ではこの呼びかけと並行して,携帯電話の事業者団体にも,
カタログなどを通じたマナー向上を働きかけることにしている。』 インターネットの普及によって,我々の周囲には,
タダの情報が氾濫しているので,情報の価値,コストに鈍感になってきたということは言えそうですね。しかし,マガ人・・・
というセンスにはなんとも・・・。

posted by 南野靖一郎 at 17:07| 2003年

2003年06月30日

2003年6月

6月30日


岩波書店のホームページで「図書」のバックナンバーの目次と一部の記事が読めるようになっていたけれど,これは前からありましたか?
 まあ,図書もよいのですが,著者番号順既刊リストを整備して掲載してくれれば,大いに役立つのに・・・。


 


6月27〜29日


日曜日には,市民センターへ岩手県水沢市製作の映画「アテルイ」を見に行った。子供には理解しにくい内容かなと危惧していたが,
結構興味を持って見ていたようだ。無味乾燥な教育映画ではなく,古代東北地方の族長アテルイが,
大和朝廷の征伐隊と戦う姿を迫力あるアニメで描いた歴史物だが,大友康平やグレート・サスケ,あんべ光俊が声優として出ているのには驚いた。


岩波アクティブ新書の新刊「ベトナム町並み観光ガイド」(友田博通)を読む。いま,ベトナム観光が人気急上昇中とのこと。
たしかにフランス統治下につくられた町並みやオペラ座,王宮や遺跡など,見所はいっぱいなのだろうが,1950年代生まれの日本人としては,
他の東南アジアの国々と比べて,大はしゃぎで観光することに後ろめたさを感じるのも事実。本書は,
ベトナムの歴史をわかりやすく解説しながら,その歴史の名残を,いまの町並みから建築家の目で淡々と読みとろうとしており,好感が持てる。


 


6月25〜26日


ここ数日,書店へ行っても読みたい新刊文庫が目につきません。「蟹工船」は旧版で読んでいるし。プロレタリア文学,
ときいただけで読む気をなくす人もいるかと思いますが,この小林多喜二の代表作は,若々しい感性にあふれており,
現代の若者にも大きな衝撃を与える問題作だと思います。治安維持法違反で逮捕された多喜二は昭和8年,
31歳の時築地警察署で獄死しましたが,警察は死因を「心臓麻痺」と発表。死体解剖も行われませんでした。翌日,
阿佐ヶ谷の自宅に運ばれた多喜二の体には,無数の拷問のあとがあり,その無惨な遺骸を抱いて,年老いた母は「それ,もう一度立たねか,
みんなのためもう一度立たねか」と声を浴びせたということです。


 


6月23〜24日


カメラ至上主義! (平凡社新書)雨の日が続いていますね。平凡社新書の新刊「カメラ至上主義!」(赤城耕一)を読む。
筆者がこだわりをもつカメラを使った被写体別撮影術。コンタックスRTSIII妻を撮る,リコーGR1V駅までのイメージ,
ニコンF100子供を撮る,ペンタックスMZ3街を撮る,ニコンF5カメラを撮る,キヤノンEOS-1V動物を撮る,
ライカMP交差点に立つ,といった内容で,ほかにデジタルカメラの実体,クラッシックカメラの未来といった章がある。結局のところ,
お手軽なデジタルカメラの普及により,メカニカルなクラッシックカメラは,趣味性の追究が生き残りの道・・・
というありきたりな結論にならざるを得ないが,本書の焦点がカメラと写真のどちらにあるのかハッキリせず,
田中長徳氏のような独特な節回しも無いので,今ひとつ乗りきれない感じ。


 


6月20〜22日


週末は30度を超える暑さの中,息子の付き合いで幕張メッセへ。GBAのジラーチをゲットしたあと,
ベイブレードの小学生勝抜戦で5連勝してBBAチームのステッカーを貰ったという,関心のない人には全然訳の分からないイベントですが,
とにかく疲れました。


林芙美子紀行集下駄で歩いた巴里岩波文庫の新刊,林芙美子の「下駄で歩いた巴里」を読む。昭和5年「放浪記」で人気作家となった著者がその翌年,
シベリア経由でパリを訪れ,1年余りを過ごしたときの記録に,やはり昭和初期の中国,北海道への旅行記を併載したもの。
政府による派遣ではなく,良家の子女の留学でもなく,この時代に自ら稼いだ印税をもとに,
新たな経験をもとめて若い女性が単身欧州へ貧乏旅行(今風で言うバックパッカースタイルである)を決行したことに,まず驚かされる。
たとえ外国語が達者じゃなくても,なんとかなるさと,旺盛な好奇心,取材意欲を発揮しており,
とくに各地の女性達に対するさりげない観察眼には,さすがだと思わされる。林芙美子の日記や放浪記,このパリ滞在記など,
ノンフィクションのように生き生きと書かれながら,実際は相当に脚色されていると最近は考えられているようだが,
二つの大戦の間のつかの間の平和を享受するパリの姿はとても魅力的だ。


 


6月19日


もっとコロッケな日本語を文藝春秋の新刊「もっとコロッケな日本語を」(東海林さだお)を読む。相変わらずB級グルメや(夜の)クラブ活動など,爆笑話が満載。
そんな中でとくに興味深かったのが,
雑誌にエッセイを連載することとなった高橋春男さんが達人東海林氏に上手なエッセイの書き方の教えを請うという「文章の書き方,教えます」。
無手勝流で気楽に書き流しているように思える東海林氏だが,まず,ネタ垂れ流し状態で下書きをどんどん書き,1,2日寝かせてから,
濃縮したり削ったり入れ替えたりして,くどいところや書き足りないところを整理し,それを3回ほど繰り返して,
ようやく清書するというのにはビックリ。また,雑誌連載だけでなく,本になったときのことも考えて,
話の展開がワンパターンにならないように気を付ける,メモをとるときには時間を必ず入れる,声に出して読んでもリズムの良い文章を心がける,
出だしは短く1行でまとめる,思い切って激しいタイトルをつける,などなど達人としての心得を開示していて感心させられる。


 


6月18日


故郷続いて岩波文庫の新刊「故郷」(パヴェーゼ)を読む。イタリア・ネオ・リアリズム文学の嚆矢たるこの作品。明快なストーリー,
イタリアの暑くけだるい空気,田舎の荒くれ者たちとそれを取り巻く女たち,血と藁のにおい・・・・と,
読んでいるこちらまで喉の渇きを覚えてくるほど。こういう小説は,白水社の世界の文学や全集版で力を入れて読むよりも,
岩波文庫で気楽に読む方が自分には向いているようだ(白水社本て,格好良いなぁと思っていろいろ買ったわりには,
身に付いていない気がするので)。


 


6月17日


今月の岩波文庫新刊は読むものが多くて嬉しい。ということで,まず「デイジー・ミラー ねじの回転」(ヘンリー・ジェイムズ)を。
ヘンリー・ジェイムスとデイジー・ミラーとヘンリー・ミラーは尻取りみたいだ・・・という話は前にも書いたので省略し,岩波文庫では,
昭和11年と15年に別々に出て以来,久しぶりの改訳合体版。帰りの電車でデイジー,朝の電車でねじの回転,
と一気に通勤時間内で読み通したが,このジェイムズ代表作2点は,止まらない面白さだ。さまざまに解釈されているという「ねじの回転」では,
かつての従僕に教えられた男色のために少年は放校され,その従僕と前の家庭教師との淫らな関係に引きずり込まれた少女,
それを見て見ぬふりの家政婦。従僕と家庭教師がともに死んだ後,新たにやってきた家庭教師が異常な家庭に精神を病んで亡霊を見た・・・
というのが私の印象。最初にしつこく語られる子供達の異様なかわいさ・・・ということからも,やはり同性愛のイメージは強い。「デイジー・・
・」は整理番号313−9。ジェイムズが9点もあったか?と調べてみると,(2)国際エピソード<復刊>,(4)短篇集,
(5〜7)ある夫人の肖像,(8)アスパンの恋文,は出ているので,(1)と(3)
はデイジーとねじの回転のための予約席だったのかなと思ったりして。


 


6月16日


BRUTUS最新号「自分のためにアートを買いたい!」を読む。現代アートを「買う」ための特集。たくさんのギャラリスト!
(つまり画廊の経営者,プロデューサね)により紹介されるアーティストは,奈良美智,村上隆などを除いて私の知らない人ばかりだが,
いまこんなモノがこんな値段で売られているんだということを知るだけでも十分に楽しめる。美術館で眺める芸術ではなく,時計や洋服のように,
身近なアートを手に入れて,自分の部屋に飾る。これは精神的に大きな癒しとなりそうだ。ちなみに我が家にある現代アートは,
関西の金属造形作家によるオリジナル作品「息子のベッド」(カミサンが使用中)くらい・・・。


 


6月15日


ビックリした田中長徳責任編集「カメラジャーナル 終刊のお知らせ」。アルファベータ社によると,『突然ですが,124号をもって,
本誌は幕を閉じることにしました。8頁・100円時代から10年と4か月,リニューアルしてからは丸2年での終幕となります。
これまでのご購読,ありがとうございました。そして,執筆者の皆さん,販売していただいている書店,カメラ店のみなさんにも,
深く感謝いたします。やめることにした理由は,もちろん1つではありません。単純に考えれば,「売れなくなった」からだろう,
と思う方は多いでしょう。確かに,最もよく売れていた時期と比較すれば,部数は少なくはなっていますが,リニューアル前とその後とでは,
号によっては,リニューアル後のほうが多いぐらいで,さほどの差はありません。経営的には無理をすれば続けられるという範囲ではあります。
しかし,その無理をする理由が,どうも見出せなくなってきたので,終刊と決めました。10年,という区切りがついた時点で,
楽しみにしていただいている多くの読者の方には申し訳ありませんが,このあたりが潮時であろう,と感じた次第です。・・・
最後の号となる次号のための投稿のテーマは,「田中長徳によろしく!」です。たくさんのおハガキ,お待ちしています。』 なんとなく,
昔のBOOKMAN終刊の時を思い出しました。


 


6月12〜14日


梅雨の合間,海で子供と一日サッカーや穴掘りをやっていたら,真っ赤に日焼けしてしまいました。来週末は,
幕張メッセのワールドホビーフェアに出撃するので,この休み中にやらなければならないこともあったのですが,気力が充実せず,
サボりを決め込んでいました。ちくま文庫の新刊「内田百間集成9 ノラや」について。
『そもそも私は猫好きと云ふ一般の部類には這入らないだらう』という百間ですが,昭和31年の春,可愛がっていた野良の子猫「ノラ」
がいなくなった日から,ずっと涙が止まらず,ノラを思い出すからと好物の鮨も止め,新聞広告を出し,区役所に頼みこんで,
死んだ猫を掘り返させて貰ったりもしています。なぜそれほどまでにノラにこだわったのか・・・読み進むうちに,百間の悲しみは,
単なる猫好きのそれに留まらない,少々怖ろしさを感じさせるようなものだと思えてきます。「岩波日本語使い方考え方辞典」が欲しいけれど,
ここのところ貧乏なので,思案中。


 


6月11日


本格的な梅雨入り。知恵の森文庫の新刊「カメラ悪魔の辞典」(田中長徳)を読む。古今東西の名機,写真用語に関する800語を解説。
「悪魔」とはいうものの,別に毒があるわけではなく,いつも通りのチョートク節を,相変わらずだなぁ・・・とあらためて確認する,
ファンのための本。とにかく,これだけの項目を考え出した地道な努力に感心。


 


6月10日


トーキョー・リアルライフ 42人の消費生活「トーキョー・リアルライフ 42人の消費生活」(実業之日本社)が発売早々4刷決定とのこと。私もさっそく読みましたが,
これは面白い。主に東京近郊に住む42人の若者(10〜30代)に,ひとり1ヵ月ずつ,毎日の消費行動を詳しく記録してもらい,
まとめたもので,学生,フリーター,OL,サラリーマン,自営業と,登場する人の職業はさまざま。しかし,
皆がその職業からイメージされる生活を送っているとは限りません。むしろ,消費行動は,
それとは別の個人的な資質によるところが大きいと感じました。共通しているのは,収入の多寡によらない可処分所得の多さ。もっとも,
これは子持ち40男の僻みかもしれません。


 


6月9日


日経ビジネス文庫の新刊「ビジネス文章術」(坂井尚)を読む。何事も反省しない小生らしくない,と思われるかもしれないが,
日頃なんとなく自分流にやってしまっていることが,細かく例をあげて解説されており,なかなか便利。
日頃気になるビジネス電子メールの作成方法については,今回の文庫化で追記された程度であるが,
何かと便利な電子メールばかりとなったビジネス文書のやりとりに関して,旧来の文書の有用性を考え直してみるのは大切なことだと思う。


 


6月5〜8日


ちくま文庫で刊行が始まった「現代民話考」(松谷みよ子,全12巻)。かつて立風書房から出ていた本書には,
インターネット上での復刊リクエストも多かったようで,今回若干増補しての文庫化となった。民話という言葉には,「昔話」
というイメージがあるが,ここに収められているのは,現代の「民衆により語られた話」である。よって,その中身は,軍隊時代の思い出話や,
学校の怪談,ラジオやテレビにまつわる裏話,怪しい写真など多彩で,あえていえば,「戦争と近代化の過程の暗部」を題材としたものである。


 


6月4日


雑誌「ラピタ」には毎号,『この雑誌は30歳以下の読者を想定しておりません。ゆえに,しばしば若者には意味不明な言葉や,
見たこともないモノが登場します。とくに説明などいたしませんので,そのつもりでお読み下さい。』という断り書き?が載っている。
どのような雑誌でも,ターゲットとする読者の年代というのは決まっているのだろうが,文庫本にしてみると,
岩波文庫>新潮文庫>河出文庫>講談社文庫>光文社文庫>幻冬舎文庫>小学館文庫>角川文庫>集英社文庫などという順かな,
としょうもないことを考えてみる(もちろん,平均読者年齢の高い順である)。


 


6月3日


新潮文庫の新刊「発掘捏造」(毎日新聞取材班)を読んでいる。報道によりよく知られるところとなったこの事件の詳細経過を振り返ると,
なぜこんな簡単な捏造がたびたびなされたのか,学界はそれを見破れなかったのか。門外漢でも,
日本の考古学研究のあり方に疑問を感じざるを得ない。本書は,マスコミらしくうまくまとめられているので,
この事件を振り返ってみるのには役立つ。立花 隆氏はこう言う。『発掘捏造はメディアの記者自体がだまされたのであり,
現場で記者が取材の当然の手続きとして疑いの目を持たなければならないポイントでも持たないまま報道してしまった。
それに対するメディアの側の自らの検証というのも過去にさかのぼってやらなくてはならない。ただ,
こういう発掘ねつ造みたいなことが発覚すれば,これからは,記者の目も報道する時に違ってくるでしょう。新しいことが起きれば,
人間のものの見方も自然に変わってくるし,報道の仕方も変わってくるものです。』


 


6月2日


BRUTUS最新号の時計特集など眺めながら考える。宝飾品,貴金属のではなく,純粋な機械の値段として,1千万円,
2千万円の腕時計というのは,抜群の「価格密度」といえるのではなかろうか。というのは本題とは関係なく,学研M文庫の新刊
「夢野久作ドグラマグラ幻戯」に注目。この間の「村山槐多耽美怪奇全集」に続いて,なかなか面白いモノを出してくれるじゃありませんか
(1600円という値段もそれなりですが)。「ドグラマグラ」は,夢野久作自らが「幻魔怪奇探偵小説」と呼んだ異色の大作。本書は,
その謎に迫るべく編まれたガイドブックで,文庫初収録の「ドグラ・マグラ草稿」や関連作品を収録。これを機会に,怪しい世界に入ってみよう。


 


6月1日


早くも6月。雨が上がったのはよいのですが,海からの南風が強く,部屋の中がジメジメ。夜には叔父の通夜に行って来ましたが,
蒸し暑くて参りました。さて,「私の好きな岩波文庫」で上位になった書目から,どれか1冊ということになると,私の場合,
「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎)でしょうか。これは,私が中学に入った頃,主人公と同年代ということで,熱心に読んだものです
(もちろん岩波文庫版ではありませんが)。主人公のコペル少年が,何日も学校休んでいる貧しい友の家を訪れたとき感じたこと,
上級生とのいざこざで友が殴られたとき,他の同級生が立ち向かっていったのに,自分は勇気がなくて出て行けなかったこと・・・
いまでもいろいろなエピソードが思い出されます。1937年に書かれた本書。
私が読んだ1970年までに戦争を挟んで33年経っていましたが,当時物語の背景にはさほど違和感を感じませんでした。
そしてそれから再び33年経った今,中学生達は本書を読んで,どのような感想を持つのでしょうか。物語の最後で,
主人公と共にいろいろなことを考えてきた読者に対して,著者はこう呼びかけます。「君たちはどう生きるか」。

posted by 南野靖一郎 at 17:09| 2003年

2003年06月17日

デイジー・ミラー ねじの回転

今月の岩波文庫新刊は読むものが多くて嬉しい。ということで,まず「デイジー・ミラー ねじの回転」(ヘンリー・ジェイムズ)を。ヘンリー・ジェイムスとデイジー・ミラーとヘンリー・ミラーは尻取りみたいだ・・・という話は前にも書いたので省略し,岩波文庫では,昭和11年と15年に別々に出て以来,久しぶりの改訳合体版。帰りの電車でデイジー,朝の電車でねじの回転,と一気に通勤時間内で読み通したが,このジェイムズ代表作2点は,止まらない面白さだ。さまざまに解釈されているという「ねじの回転」では,かつての従僕に教えられた男色のために少年は放校され,その従僕と前の家庭教師との淫らな関係に引きずり込まれた少女,それを見て見ぬふりの家政婦。従僕と家庭教師がともに死んだ後,新たにやってきた家庭教師が異常な家庭に精神を病んで亡霊を見た・・・というのが私の印象。最初にしつこく語られる子供達の異様なかわいさ・・・ということからも,やはり同性愛のイメージは強い。「デイジー・・・」は整理番号313−9。ジェイムズが9点もあったか?と調べてみると,(2)国際エピソード<復刊>,(4)短篇集,(5〜7)ある夫人の肖像,(8)アスパンの恋文,は出ているので,(1)と(3)はデイジーとねじの回転のための予約席だったのかなと思ったりして。
posted by 南野靖一郎 at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 2003年

2003年06月16日

6自分のためにアートを買いたい!

BRUTUS最新号「自分のためにアートを買いたい!」を読む。現代アートを「買う」ための特集。たくさんのギャラリスト!(つまり画廊の経営者,プロデューサね)により紹介されるアーティストは,奈良美智,村上隆などを除いて私の知らない人ばかりだが,いまこんなモノがこんな値段で売られているんだということを知るだけでも十分に楽しめる。美術館で眺める芸術ではなく,時計や洋服のように,身近なアートを手に入れて,自分の部屋に飾る。これは精神的に大きな癒しとなりそうだ。ちなみに我が家にある現代アートは,関西の金属造形作家によるオリジナル作品「息子のベッド」(カミサンが使用中)くらい・・・。
posted by 南野靖一郎 at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 2003年

2003年06月15日

カメラジャーナル 終刊のお知らせ

ビックリした田中長徳責任編集「カメラジャーナル 終刊のお知らせ」。アルファベータ社によると,『突然ですが,124号をもって,本誌は幕を閉じることにしました。8頁・100円時代から10年と4か月,リニューアルしてからは丸2年での終幕となります。これまでのご購読,ありがとうございました。そして,執筆者の皆さん,販売していただいている書店,カメラ店のみなさんにも,深く感謝いたします。やめることにした理由は,もちろん1つではありません。単純に考えれば,「売れなくなった」からだろう,と思う方は多いでしょう。確かに,最もよく売れていた時期と比較すれば,部数は少なくはなっていますが,リニューアル前とその後とでは,号によっては,リニューアル後のほうが多いぐらいで,さほどの差はありません。経営的には無理をすれば続けられるという範囲ではあります。しかし,その無理をする理由が,どうも見出せなくなってきたので,終刊と決めました。10年,という区切りがついた時点で,楽しみにしていただいている多くの読者の方には申し訳ありませんが,このあたりが潮時であろう,と感じた次第です。・・・最後の号となる次号のための投稿のテーマは,「田中長徳によろしく!」です。たくさんのおハガキ,お待ちしています。』 なんとなく,昔のBOOKMAN終刊の時を思い出しました。
posted by 南野靖一郎 at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 2003年