文庫本の古書価は,なんで決まるのであろうか? もちろん,一番の要素はその本の中身であろうが,
それ以外にもいくつかのポイントがありそうだ。
まず,考えられるのは,本の美醜(綺麗か汚いか)である。これは普通の古書であれば価格に大いに関係するが,文庫本に関しては,
岩波文庫の専門店である山陽堂書店の言うように,「文庫本は中身が大事なので,帯の有無とか外見はあまり関係ないね」ということもある。
それでも,綺麗な本が欲しいという人は多いのか(当たり前?),同書店に絶版文庫本の在庫を問い合わせると,同じ書目でも
「こちらは表紙に汚れがあり××円,こちらは帯付きの美本で××円」と丁寧に教えてくれる。もっとも,普通の古書とは違い,
それで桁違いの値段が付いたりすることはないのだが。
ところで最近,“ふるほん文庫やさん”より出た
「ニッポン文庫大全」を読んだ。これは角川文庫や春陽堂文庫など,
いままで書誌的には取り上げられなかった文庫の絶版書目を掲載するなど,興味深い本だが,本書の多くを占める「在庫文庫本の価格リスト」
を見ると,価格のところに出版年と「初版」の注記があった。
以前より,他の古書店の目録でも,文庫本に「初版」と書かれているものを見かけるが,これはちょっと不思議な感じがしないだろうか。
文庫本しか読まぬ読者をあてにしてか,最近は書き下ろし文庫なるものも増えたが,
もともと文庫本は定評ある作品の廉価版であったわけだから,それがその書目の初出であるわけではない。
漱石の「猫」やゲーテの「ファウスト」などの文庫本に麗々しく「初版」などと書いてあるのは変な感じがするし,清少納言が
「あなたの初版本が出来上がりました」と言われたなら,ひっくり返るかもしれない….。
初版が尊ばれるのは,版の摩耗による潰れや汚れが少ない,なんとなく初物はありがたい,などいろいろな理由があるだろうが,
文庫本のように古典的な作品であるなら,初版より誤植や諸々の訂正がなされた再版のほうが,内容的に優れていると考えるのは自然である。
岩波文庫に限らず,旧カナにこだわったり,活版印刷の味を好んだりする人もいるだろうから,
新しいものが必ずしもよいというわけではないが,それと初版・再版とは,もとより無関係である。
それでもあなたは文庫本の「初版」にこだわりますか?