かつて,「文庫の会」で,各地の書店について岩波文庫の状況を調べたことがあった。その結果,委託制(買切制)によって「書店の棚が充実していることは喜ばしい」という声がある一方,「店頭に岩波文庫の品物が少ない」という意見も多かった。
現在でもその事情は変わっていない。書店によっては近刊がほとんどなく,岩波文庫の自然消滅を狙っているようなところもあり(こういう書店は絶版本の狙い目だが),そういう書店の片隅で,背文字が色あせした岩波文庫がわずかばかりならんでいるのは,なんともうらぶれた感じがする。それでも本の汚れということからいえば,岩波文庫が色刷りのカバーを付けるようになってから,多少ましになった。以前は,パラフィン紙が巻いてあるだけであったから,ようやく見つけた文庫本のパラフィン紙がビリビリに破れているのを見て,がっかりした経験がだれにもあったと思う。
岩波文庫が販売方式として委託制を採ったのは戦後のことだが,それ以前は他社なみに返品を受けていた。それで,いまでも稀に,当時の後遺症の残る本を見かけることがある。
ご承知のように,岩波文庫のサイズには,創刊当時の紙が規格判になる以前の縦長のものと,現在の文庫判との2種類がある。しかしそれ以外に,古書店などで,やや寸詰まりのものを見たことはないだろうか。これが戦前,岩波が買切制を実施する前,返品されてきた文庫本の汚れを落とし,天地を削り取って,形が小さくなったものを再度出荷していた名残である。
現在でも他社の文庫は,返品本の汚れをサンダーで削って再出荷しており,小口をよく見ればサンダー跡のある文庫がかなりある。岩波はこれを,「出版社にとって最大の恥」といい,その後買切制に移行してしまった。