温泉好きの人にお薦めの本,田山花袋の「温泉めぐり」(岩波文庫)が出た。
大正6年に刊行された自然主義の大家による温泉ガイドブックは,伊豆箱根から始まり,日本各地の代表的な温泉場を実際に訪れ記録したもの。4年余で23版を重ねた当時のベストセラー。
湯の熱さや混み具合をガイドブックよろしく事細かに書いているだけでなく,湯の町の素朴で少々淫靡な雰囲気を淡々と,かつ巧みな文章で描いており読ませる。
花袋は温泉大好きで,たしかに各地の温泉に行くと花袋の事績がたくさん残されている。なかでも,別府温泉が一番のお気に入りだったようで,伊豆の熱海や伊東などは殆ど言うに足りない,とのこと。
有名な温泉地はいまでも変わらないものの,交通事情は大きく変わってしまった。当時の遠路はるばるといった感がなくなってしまい,本書のような温泉気分が味わえなくなったのは悔しいところ。
本書は最近では,「復刻版温泉めぐり」(博文館新社,1991),「日本温泉めぐり」(角川春樹事務所,1997)として刊行されている。