春陽文庫の歴史は古い。もとは春陽堂文庫といい,創刊はなんと1931(昭和6)年。現存する文庫では新潮・
岩波に次ぐ三番日の老舗なのである。最初は文芸路線だったが,戦後の1950(昭和25)年に春陽文庫と改称,
戦前に同じ春陽堂から出ていた日本小説文庫の流れを引き継いで,時代小説中心の大衆文芸路線に方向転換した。
この文庫には,他の文庫では読むことの出来ない独特の人気作家,大ロソグセラー作家が並んでいる。たとえば,時代小説の次の御三家。
★山手樹一郎
『桃太郎侍』『恋凰街道』『遠山の金さん』『江戸名物からす堂』などじつに96冊。
これは角川文庫の赤川次郎や和久峻三を大きく凌ぐ数字であり,驚異というはかはない。
これらは<山手樹一郎長編小説全集><山手樹一郎短編小説全集>という形で特別扱いの収録。
★角田喜久雄
『妖棋伝』『風雲将棋谷』『どくろ銭』といった伝奇時代小説の名作から『半九郎闇日記』『盗っ人奉行』『舟姫潮姫』
など普通の時代小説も含めて47冊。なおこの作家は推理小説も『高木家の惨劇』『奇跡のボレロ』など6作が収録されている。
★陣出達朗
昭和8年から活躍している古い作家。『たつまき奉行』『火の玉奉行』などの「遠山の金さん」物を中心に48冊。『よさこい奉行』とか
『すっとび奉行』といった愉快な題名の作品もある。
他に早乙女貢が『うつせみ忍法帖』ほか27冊,颯手達治が『若さま隠密帳』はか48冊,江崎俊平が『消えた若殿』ほか41冊。
時代小説といえば,現在は歴史小説スタイルのものが主流だが,これらの作家の作品は昔ながらの大衆時代小説である。
それらが20年前と変ることなく,絶版にもならずに目録に並んでいるのだから,依然として根強いファンが存在するのだろう。
最近は書棚が書店の隅に追いやられてしまってあまり目立たないが,新刊もちやんと出ている。推理小説の充実ぶりも見逃してはなるまい。
角川が横溝正史を大々的に取り上げるまでは,彼の作品は春陽文庫でしか読めなかったのである。現在でもその時代の伝統は残っていて,
<横溝正史長編全集>全20巻,<江戸川乱歩文庫>全30冊,という形で整理されている。島田一男,黒岩重吾,佐賀潜,
佐野洋らの旧作も沢山ある。ただし,装幀は相変らずで,あまりナウい雰囲気はない。