2004年8月

8月27~31日

最後の夏休み連休をとっていました。岩波文庫の新刊「白鯨」,他の文庫や岩波の旧版でも読んでいるし,ボリュームもあるので,
どうしようかと迷ったのですが,書店でぱらぱらめくってみて,当時の捕鯨船の構造図や,読みやすそうな訳文に惹かれ,
さっそく読み始めました。そして,以前読んだとき(の記憶)と随分印象が違うことに気がつきました。モビィ・
ディックとエイハブ船長との死闘という筋書きを追っているだけではなく,
そこに至る細かい状況描写を読む余裕が出てきたということでしょうか。本作は,メルヴィル32歳のときに書かれたもの。
メルヴィル自身の乗船経験が反映されているとはいうものの,これだけのスケールの大きな物語に仕立てた力にあらためて感心させられました。

 

8月26日

真実のようなフィクションが太宰なら,フィクションのような真実が有島,という組み合わせにしたというわけではないだろうが,
「小さき者へ・生れ出ずる悩み」は有島の苦悩が凄みを持ち,ストレートに伝わってくる。3人の幼い子供を残して妻が逝ったとき,
父として子供達に「お前たちの人生は既に暗いのだ,小さき者,不幸なものたちよ」と呼びかけるのは,随分残酷である。それは,
遠い将来彼らの奮起を促すというより,自らの責任を放棄した卑怯な態度にも感じられる。有島は高級官僚の父,基督教への信仰,農園改革など,
いずれにも立ち向かっては挫折し逃避し,最期はご存じの通りの心中だ。本書にも色濃く現れているそのような敗残の精神に,
世の父親は惹きつけられる。

 

8月24~25日

岩波文庫の新刊2冊,有島武郎「小さき者へ・生れ出ずる悩み」と太宰治「津軽」を持って行った八戸への出張では,
思ったよりも時間が無く,「津軽」をようやく読み終えることができた。満員の通勤電車の方が,新幹線より読書に集中できるというのは,
あながち貧乏性というわけではなく,満員電車で密着している方が,かえって他人を意識しないで済むという都会人?の本性の現れですな。
本書は故郷への率直な思いが語られていて,太宰にしては数少ない読んでいて楽しい作品。もっとも,素直でない私は,
これが本当の太宰の気持ち,姿なのかと,常に疑いや不安を持って騙されまい!と力を入れて読んでいるので,意外に捗らなかったようだ
(そのあたりは長部氏の解説に詳しい)。次は,有島武郎で癒されよう。

 

8月20~23日

日本洋書販売が青山ブックセンター本店と六本木店の営業を9月29日に再開するとのこと。 青山ブックセンターっていうのは,
「文化的な」ポップカルチャー&深夜営業というイメージだったが,そういう独特のムードに惹かれる人は少なくなった(あるいは,
わざわざ書店に足を運ばなくなった)と思うので,果たしてうまく再建出来るかどうか。かくいう私も,最近はずっとご無沙汰でした。
洋書は海外書店のWebで取り寄せればよいし・・・。

 

8月17~19日

さて,みなさん夏休みをとられるのはいいのだが,編集の立場としては,進行が大幅に遅れるので苦しいところ。今月の岩波文庫新刊は,
「ギリシア恋愛小曲集」,有島武郎「小さき者へ・生れ出ずる悩み」,太宰治「津軽」,メルヴィル「白鯨」(上)。来週は,出張で青森へ行く。
「津軽」には,太宰が故郷の金木から進学のため青森に出るときのことが,『青森の中学校に入学試験を受けに行く時,それは,わづか三,
四時間の旅であつた筈なのに,私にとつては非常な大旅行の感じで・・・かねて少年雑誌で習ひ覚えてあつた東京弁を使ひました。
けれども宿に落ちつき,その宿の女中たちの言葉を聞くと,ここもやつぱり少年の生れ故郷と全く同じ,津軽弁でありましたので,
少年はすこし拍子抜けがしました。生れ故郷と,その小都会とは,十里も離れてゐないのでした』などと書かれている。
今では東京から青森まで3時間の旅なのだ。

 

8月16日

引き続き,光文社文庫乱歩全集より初期の長篇を読む。人気急上昇!だったものの,行き当たりばったりの雑誌連載スタートがひびいて,
途中で挫折したり,強引に結末を付けたりのいいかげんな初期の乱歩調が特徴。それでも,
これでもかと迫ってくる原色調の変態絵巻には魅力あり。子供の頃読んだら,結構興奮したかも・・・。

 

8月12~15日

夏休みをとって,箱根へ行ってきました。温泉でのんびり,というつもりでしたが,深夜までのオリンピック観戦で,
休んだような休まなかったような・・・。相変わらず「パノラマ島綺譚」所収の作品を読んでいます。講談社が11月で「ホットドッグ・プレス」
と「マイン」の休刊を決定とのこと。最近はご無沙汰でしたが,学生時代から親しんだHDPの休刊は寂しいですな。「ホットドッグ・プレス」
は79年の創刊。ファッションや女性との交際術などを取り上げ,80年代には「ポパイ」と並ぶ人気雑誌だったが,その後部数が減少。
2年前にいったん休刊し,誌面を刷新してリニューアル創刊したが,部数を回復できなかったとのこと。

 

8月9~11日

通勤電車も少し空いてきましたね。これだけ暑いと読書の気力が失われますが,ちょうど光文社文庫江戸川乱歩全集の新刊
「パノラマ島綺譚」が出たので読んでいます。懐かしいですな。なにか,天知 茂の顔も浮かんできます。
乱歩はかつて鳥羽の造船所に勤めていたそうで,本書の舞台も伊勢志摩の小島が舞台です。
あいかわらず張りぼてのセットを眺めるようなチープな絢爛さ全開の乱歩ワールドですが,打ち上げ花火の景気よさで,
夏バテを吹き飛ばしてくれそうです。

 

8月5~8日

カミサンも息子を連れて実家へ帰省中ということで,べつに休みを取っているわけではないのですが,なんとなく夏休み気分。
読書のほうも,気楽な中公新書の新刊「ミニチュア庭園鉄道2」(森博嗣)を読んでいます。自宅の庭に鉄道模型(といっても人が乗れる)
の線路を敷き,日々路線拡張に努めている著者のレポート第2弾。車両や機器,風景?も基本的に自作なので,ユニークな物ばかり。
カラー写真満載。これは羨ましい。

 

8月3~4日

岩波文庫の新刊「純粋経験の哲学」(ウィリアム・ジェイムズ)を読む。これにあわせて,久しぶりに「プラグマティズム」
も重版したとのこと。青帯のなかで親しい本である「プラグマティズム」がずっとほっぽっておかれていたのかと思うと無念・・・というより,
この著名な本ですらそんなに需要がないのか? 本書は,ジェイムズ晩年の著作で,『根本的経験論』と『多元的宇宙』に収められたもの。
ちなみにジェイムズのお言葉には,「人間には、その人がなりたいと思うようになる性質がある」,「幸せだから歌うのではなく,
歌うから幸せになる」,「行動は感情に従うように思われているが,実際には行動と感情は同時に働く。
意思の力でより直接的に支配されている行動を規制することによって,意思に支配されにくい感情をも規制することができる。つまり,
快活さを失った時,他人に頼らず自発的に快活さを取り戻す秘訣は,いかにも楽しそうな様子で動き回ったり,しゃべったりしながら,
すでに快活さを取り戻したように振舞うことである」などがある。

 

8月1~2日

岩波文庫の新刊「松蔭日記」を読む。綱吉の側用人として栄華を極め,幕府の財政を傾けた張本人,柳沢吉保の一代記である。
「源氏物語になぞらえて・・・」と言われるように,多くの愛妾を囲い,豪華絢爛たる生活振りはお見事。当然,多くの批判も浴びたが,
将軍への忠誠ぶりと,(消費?)文化振興につくした吉保の一途な姿は,本書によく現れている。丁寧に注は付けられているものの,
決して読みやすくはない。それでも,お話しのスケールの大きさと,くよくよと反省などしない吉保の豪毅なところに惹かれて,
一気に読んでしまった。