読書子に寄す


文庫本を読んでいると,巻末にいたってその文庫の発刊の精神を記した「発刊の辞」に出会うことがあります。まあ,だいてい社長が美辞麗句を書き連ねたものと決まっていて,
高邁な理想に比べてその文庫のラインナップの惨めさばかりが目立つ結果となりますが,そんな「発刊の辞」の中で,もっとも有名なのが岩波文庫の「読書子に寄す」でしょう。この「読書子に寄す」は,岩波文庫を創刊するにあたって,岩波茂雄が頼りとしたブレーンの中で中心的存在だった哲学者三木 清によって書かれ,それに岩波茂雄が,当時他の出版社から盛んに刊行され大流行していた「円本」を攻撃するくだりを追加して成ったものです。それで,前半の高踏派的な調子と,後半の商売人風な調子に不釣り合いができましたが,岩波が文庫創刊にかける意気込みはよく伝わってきます。

はじめは見開き2ページで掲載され,岩波茂雄の署名はありませんでした。のちに,この文章が思いのほか評判を呼んだので,これに気をよくした岩波が,自分の名前を入れるようになったのです。(写真は戦前2ページだった頃)