戸坂潤による岩波文庫論

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戸坂潤による岩波文庫論。戸坂潤は1900年生まれの哲学者。京大在学中から新カント学派の観念論哲学を研究していたが,後にマルクス主義哲学に転じ,唯物論研究会を創立。治安維持法により1938年検挙され,敗戦直前の1945年8月9日長野刑務所で獄死。以下,全集より。

『現在発行されている文庫版の主なものは岩波文庫(レクラム版の装幀に近い)・改造文庫(ゲッシェン版の装幀にまねて及ばず)・春陽堂文庫などである。春陽堂文庫は本年(1930年)7月現在ではほぼ千種に近いようであり,改造文庫は約350種,岩波文庫は約600種程あるようだ。他に数の少ないものでは山本文庫(30種程)などもあるが,今の処まだ問題とするには足りないだろう。読者から見ると文庫版の一般的な特色がその廉価なことと,ありとあらゆる代表的な著作に権威ある選定を与えたものであるということとにあるのは,云うまでもない。なるべく安く,そして出来るだけ代表的な著述の全般的なセットを,なるべく信頼するに足る校訂によって手にしたいということが,読者の希望だ。

まずありと凡ゆる著述の中からその代表的なものを選ぶという点になると,つまり,一切の学術文芸について多少とも古典的な意味を有つか,又は著しく大衆的な一般性を認められたものの内の良質なものか,を選ぶことになるわけだが,その範囲が広いという点では,岩波文庫が第一で,改造文庫・春陽堂文庫・の順でこれに次ぐのである。春陽堂文庫は主として文学のものが多く,改造文庫は文学と社会科学に限定されているといってもよいが,岩波文庫は殆んど凡ての文化領域にその関心を拡げている。これは代表的著作のセットとして,一般的な教養のために用意するには,必要な性質なのである。一般に文庫版は研究書や学術書というよりも一般的な教養の書物を提供する任務を持っているからだ。
校訂の権威については,矢張り岩波文庫を推さねばならぬようだ。他の文庫に権威がないというのではないが,元来校訂に最も細心な注意を払うのが,岩波出版物の特色で,文庫もまたその例にもれない。少なくとも学究的な安心を以て読むことが出来るという点が,この文庫を買い又は所有させる魅力の一つだと思われる。

だが岩波文庫のもう一種の特色は,現代日本に於て著われた著述を含むこと極めて乏しいということだ。大部分が外国に於ける古典的価値ある歴史的に残る文献の翻訳であり,その次が多少の日本の古典である。例外として,現代作家のものがいくつかあるが,この点到底春陽堂や改造の諸文庫の比ではない。勿論これは営業関係から見ると却って,岩波出版物全般の商業上の堅実さを意味するわけで,つまり自分の処の普通の現代著述の単行本は,文庫版としては安売しないということだが。

岩波文庫が大体に於いて信頼すべき権威ある翻訳を中核としているという事情は、もう一つこの文庫に長所を与えている。それはこの文庫が云わば「岩波的観念」に大して支配されていないということだ。他の岩波出版物は,少なくともその選定に於て,今日では決して高級出版物を全面的に代表しているとは,考えられない。そこには著しく岩波臭い好みがある。文化が好みに堕す時,もはや対社会的な指導力を失う時だ。』