久生十蘭「従軍日記」が講談社から文庫化されると聞いたのだが、まだ出ていないようだ。本書は、没後50年を経て発見された十蘭の日記3冊を翻刻したもので、2007年の出版。その際の経緯は、久生十蘭オフィシャルサイト準備委員会に詳しい。
函館出身の久生十蘭は、戦前にパリでレンズ光学と演劇を学び、帰国後は築地座で舞台監督を務めた。戯曲や小説を執筆する傍ら、文学座の結成に参加し、外国の戯曲の翻訳なども手がけたが、戦争が始まると、海軍報道班として南方に派遣され、本書にあるような体験をすることとなる。
本書「従軍日記」には、日本の支配下にあった南方の国々の様子が描かれている。前半のジャワ島は、まだ戦火にさらされることなく、現地の日本人も物資不足の本国にいる時より旨いものを食べ、余裕のある暮らしをしている。しかし、飲む打つ買うに明け暮れる怠惰放埒な生活の中にも、戦時の緊張感からの束の間の解放を得た人々の厭世的な気分は漂っており、十蘭も彼の地にいて「何もすることができない」もどかしい気持ちを日記に記している。そして後半は一転して、前線で死と隣り合わせにある緊張の日々となり、混乱の中で十蘭自身も一時行方不明を伝えられたほど。私生活が謎に包まれていた十蘭の、生の声を聞くことができる貴重な記録である。
目次:第1章 日本・爪畦 第2章 サランガン湖畔 第3章 出発まで 第4章 チモール島クーパン警備隊 第5章 アンボン島第一砲台 第6章 ハロンの航空隊 第7章 ニユウギニアにて 第8章 第九三四海軍航空隊