講談社学術文庫

菊と刀―日本文化の型講談社学術文庫ほど物議をかもした文庫はほかに例がない。「学術をポケットに」
をうたい文句に人文社会自然科学の著作物を文庫化するという方針に,中小出版社がドル箱としているロングセラーを奪うものと一斉に反発した。
岩波文庫の”古典”とは定義を同じくしない,いわば評判のよい”現代の名著”が照準だったからである。
よく売れているものをさらに安い値段で出すというサービスなら読者は大歓迎のはずであり,
売れているものを文庫にするなという主張はちょっとおかしい。しかし,文庫を出すのが大手中の大手とあっては,
学問の寡占化と中小出版社が反発するのもわからぬではない。これは文庫戦争のもっともシリアスな一面の現れともいえた。

ともかくも,他社の出版物を無理に文庫化しないという妥協によって学術文庫は出発したが,1975年8月の創刊以降,
同文庫は何度かの曲折を重ねながら今日に至っている。一時期から定価がかなり高く設定されるようになり,
そのことだけでも他の文庫とは一線を画するようになった。ポケットサイズにはなったが値段は必ずしも安くならなかったのは,
やや志とは違っていただろう。

長く絶版になっている著作を収録した時期,辞典類を積極的に文庫化した時期,日本古典の注釈書を出した時期,
などの目立つ傾向も見られたが,現在では比較的地味な研究書を入れるようになっており,書き下ろしというか,
文庫オリジナルのものも大分多くなっている。

絶版品切れ本が4割近くを占めるとどうしてもその方が気になるが,徳富蘇峰の「近世日本国民史」
を分冊収録してきたのに今はすべて品切れだし,「大日本人名辞書全5冊」もない。
売れ行きの思わしくないものは初版限りという感じがするのは残念だ。